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スプツニ子!さん「女性としてずっと抱いてきた “違和感”が根底にある」。出産を経て、フェムテックで起業した理由

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テクノロジーやジェンダーなどのテーマでアート作品を発表し、社会への問題提起を続けてきたアーティストのスプツニ子!さん。アカデミアの世界でも、マサチューセッツ工科大学(MIT)助教授、東京大学特任准教授、東京芸術大学デザイン科准教授と、グローバルに活躍してきました。さらに2021年9月に第1子を出産、ママになったスプツニ子!さんは、今年4月に女性のヘルスケアをサポートするサービスCradle(クレードル)」をローンチ。異なる分野に見える「アート」と「起業」が結びついた裏には、スプツニ子!さんを突き動かし続けてきた、ある想いがありました。

根強い「構造的な差別」への違和感が原動力に

――アーティスト活動に加え、妊娠・出産と時を同じくしての起業。スプツニ子!さんの原動力はどこから来るのでしょうか。

この社会に、さまざまな偏りやバイアスが未だ根強く残っていることへの違和感です。今どき、「女性を差別してやろう!」 と意識して差別する人なんてほぼいませんよね。そうやって意識的に差別する人はだいぶ減りましたが、そもそも組織や社会の構造に偏りが含まれているために、特定の人たちにとって不利な状況が生まれ続けてしまう。これを「構造的差別」といいます。

――例えばどんなことでしょうか。

「あの人は母親だから、大きな仕事は頼まないでおこう」「出張のある仕事は子育て中の女性に割り振らないようにしよう」といった、アンコンシャス・バイアスと呼ばれる発想身近だと思います。いわゆるマミートラックですね。相手を配慮したつもりで言ったことでも、それがいかに相手を傷つけたり、活躍するチャンスを奪ったりしているか、多くの人が自覚しないといけないフェーズだと思います

男も女も関係ない、個性の時代だよ!」「女性活躍推進なんて、逆差別だ!」なんて声もありますが、本当にジェンダー平等を成し遂げてから言ってほしいかなと思います……(笑)。たった数年前まで医大が組織的に女子学生を減点していたような日本で、「男も女も関係ない」と発言すること自体が、多くの女性たちが実際に置かれている状況を無視していて罪深いと思います。

――パラナビ世代でも、子どものころからジェンダーバイアスをすりこまれている部分があると感じます。

例えば、「男性脳、女性脳」という発想。女性は細やかな気配りができて、男性はロジカル思考でという……。これはまったく科学的根拠のない、有害な言説だと科学的にも指摘されています。

私自身、子どものころから理系で、両親も数学者。「女性なのにロジカルだね、男性脳だね」と何回も言われてモヤモヤしました。理系でロジカルな女性も大勢いるのに、なぜわざわざそれを「女性らしくない」と言われないといけないのか。子どもの頃からこういう経験をし続けていると、「私は女性だから、“女性的”であるべきなの?」と考える子も出てきてしまいます。

――昨年ママになって、感じたことはありますか?

いっぱいありますよ(笑)! 理不尽だなあと思ったのが、知り合いに出産の報告をすると「おめでとう!」に加えて「これからは、仕事はほどほどにね」と言われる場面があったことです。私の夫はそんなことは言われなかったんですけど。私は起業もアートもやりたいことがたくさんあったので「勝手に私を引退させないでよ!」と思っていました。これは年配の方だけでなく、同世代の方にも言われた言葉なので、根深いなと思いました。

「妊娠・出産や育児」と「仕事」は、切っても切れない関係

スプツニ子!さん「女性としてずっと抱いてきた “違和感”が根底にある」。出産を経て、フェムテックで起業した理由

――女性であるという事実は、毎日の生活にも、仕事にも大きく影響しますよね。

はい。私が私の体を持って働いている以上、生理や更年期、妊娠・出産のタイミングが仕事と無関係にはならない。私が作るアートや今やっている起業の裏には、生理や妊娠・出産という事柄があって、私自身のキャリアデザインやコンディションに強く影響しています。これらは絶対に引き離せない関係にあると思います!

それなのにPMSや生理、妊娠・出産や更年期などの話題は社会的にタブー視されていて、学校でも職場でもほとんど語られてこなかった状態。私が女性として勉強や研究をしたりキャリアを積み上げていくためには、常に自分の身体と向き合う必要があったのに、そういった知識やノウハウは大学や職場ではほとんど共有されていませんでした。それはきっと、日本が長らく「男性中心の社会」だったから、それらの問題は仕事や学問と関係ないものとして扱われてきてしまったせいだと思います

――若い世代でも、それは同じように感じます。

そうですね。忘れられないのが、とある大学で教えていたときのこと。メディアアートの授業で、女子学生が私に質問をしてきました。「アートと関係ない質問ですみません。私は仕事と結婚・妊娠・出産をうまく両立したいのですが、タイミングに迷います。先生はどう考えましたか?」と。

この学生さんが一言目に「アートに関係ない話ですみません」と謝っている状況はおかしいな、と思ったんです。私にとっては、生理も妊娠・出産もすべて、私が自分のアートを作り続けられるようキャリアをデザインするためにしっかり考えないといけないトピックだった。アートにめちゃくちゃ関係があるんですその想いも含めて、「アートに関係なくないよ! 逆にあなたに『妊娠・出産はアートに関係ないものだ』と思わせている大学がよくないと思う」とお話ししました。

スプツニ子!さん「女性としてずっと抱いてきた “違和感”が根底にある」。出産を経て、フェムテックで起業した理由

教育現場でも職場でも、こういう話題を当たり前に共有できる環境こそが、ダイバーシティ&インクルージョンだと思います。もう、悩んでいる女性たちに「関係ない話ですみません」なんて言わせないぞ! という気持ちが、今回の起業の軸にあります。

「妊娠・出産のタイミング」に悩み、30代前半で卵子凍結を決意

――Cradleは女性のヘルスケアに関わる事業をしていると伺いました。もともとこの分野に興味を持っていたんですか?

そうですね。起業の構想を練り始めたのは2018年、いろいろとチャレンジをしていた30代前半の頃だったんですが、今後のキャリアを考えるとき、どうしても頭をよぎったのが「妊娠・出産のタイミング」でした。

でも、どう向き合えばいいのか、学校でも職場でも教わる機会はありません。個人の問題として片付けられがちだから、参考にできる情報が少ない。そうした経験から、何かしら生理や妊娠・出産など女性のヘルスケアの悩みに関わる活動をしたいと思っていました。

そして、せっかく好きな仕事をしているのに、チラチラと自分の結婚や出産のタイミングについて悩みたくないなあ……と思って、33歳の時に卵子凍結をしました。当時は自分の選択肢を広げる手段として、卵子凍結がベストだと考えたんです。

――実際に卵子凍結をやってみて、正直どうでしたか?

卵子凍結したことで、ある程度の気持ちの余裕ができて、楽になりました。 結局、私は第1子を自然妊娠したので凍結した卵子はそのままになっていますが、もしかしたら第2子を検討する頃に凍結した卵子を使うかもしれないです。そういった意味で、第1子だけでなく第2子を考える場面も含めて長期的に心の平穏を得られ、自分にとってはコスト以上の投資価値があったと感じています。

卵子は、だいたい35歳ごろを境に数が減り、質も変わっていくといわれています。卵子凍結は100%の妊娠を保証するものではないですが、興味のある人は検討してもいいかもしれません。

実現するべきは「平等」じゃなくて「公平」

スプツニ子!さん「女性としてずっと抱いてきた “違和感”が根底にある」。出産を経て、フェムテックで起業した理由

――ちょうどそのころ、Cradleの起業を進められたわけですね。

はい。アーティストとして活動する中で、少しモヤモヤを感じていたんです。アートの枠を超えて、人の生き方や社会を変えるようなプロダクトをつくってみたいと思うようになって。私のアートの多くは未来を提案するような作品なので、将来を見て、ビジョンを描いていくというところが、アメリカや日本で交流していた一部のスタートアップ起業家と似た部分があるとも感じていました。

そんな中、友人で起業家の小島由香さんから「スプさん、絶対起業したらいいですよ!」と背中を押してもらって、アイデアをふくらませていきました。小島さんは、Cradleの共同創業者であり今はCFO。法人化したのは2019年末のことでした。

――今、フェムテック系のスタートアップ企業は増えています。「Cradle」はBtoBの事業なんですね。

そうです。初期はBtoCで卵子凍結関連事業も検討していましたが、企業にヒアリングを重ねるうちに、生理や妊娠・出産、不妊治療や更年期といった女性の健康全般のサポートが日本企業の中で必要だとつくづく思いました。企業による女性の健康支援は重要だし、当たり前のカルチャーにしたいと思って、BtoBに軌道修正していったんです。

具体的には、オンラインセミナーやeラーニングと、全国60カ所以上の連携婦人科・乳腺科・不妊治療クリニックでの費用補助が事業の柱です。現在、資生堂やJINS、双日、デロイトトーマツ、東北新社、NECPOLA、ヤフーなどに導入、活用いただいています。

セミナーは、各回のテーマについて医師の方に登壇してもらっています。オンラインだからか、毎回視聴者の方々からたくさん質問が寄せられるのでライブ感もありますね。MCは私です。去年は、出産の5日前まで配信していました(笑)。

――Cradleの事業を通して、日本企業の変化を感じられることはありますか?

この1年半ほどで、「平等(Equality)」よりも「公平(Equity)」が重視される文化が、急速に広まってきたと感じます。また、女性の健康を企業がサポートする事例が増えてきました。2年くらい前は、そもそもそういうサービスが求められてすらいない感があったんですが……今は「フェムテックって何?」と、興味を持って話を聞いていただけることが増えましたね。

スプツニ子!さん「女性としてずっと抱いてきた “違和感”が根底にある」。出産を経て、フェムテック起業した理由

平等(Equality)は、その人の状況にかかわらず同じものが与えられる。「公平(Equity)」は、結果的に全員が同じ環境を手に入れられるよう、個々の状況に応じて異なるものが与えられる。
出典:https://interactioninstitute.org/illustrating-equality-vs-equity/

――手応えを感じられているんですね。

Credleは、すでに存在する需要に対してサービスを提供するというよりも、「こういったものが重要だ」と社会に提示しながらカルチャーを作っていくスタートアップです。最初は難しいこともあるけど、「これは絶対社会にとって重要だ!」って思ってやり続けていると、その想いは人に伝わるし、実際に社会も変わると体感しています。

CFOの小島由香さん、CPOの入澤諒さんといった、ビジネスに明るい仲間がいてくれたからこそ、ここまでこられました。

おすすめグッズは「液体ミルク」と「ミレーナ」

――妊娠や出産、育児と同時並行での起業はすごくハードだと思います。ご夫婦でどう工夫しているんでしょうか?

夫が1カ月間育休を取ったので、その間私は仕事もできました。夜はシフト制を組んで、21〜3時は私が子どもをみて、39時は夫が、というふうに分担しています。お互いに、最低6時間ずつ寝られるのでだいぶ楽ですね。

家事代行やベビーシッターなどもうまく利用しています。みなさんその道のプロですから、費用対効果で考えたら実際にお得だと思います。こうやって、外部のサービスを上手に頼るのも大事です!

――便利だなと思うグッズはありますか?

液体ミルクですね。2016年4月の熊本地震のときに、支援物資としてフィンランドから届けられたことがきっかけになり、2018年にやっと日本で承認されました。液体ミルクは、パックを開けてすぐに常温で飲ませられるので本当に便利です。日本ではなぜか防災グッズと思われていますが、ヨーロッパでは日常用として安価で売っていますし、私も液体ミルクを日常的に使っています。特に夜間の授乳にオススメです。

――生理用グッズでも、おすすめがあればぜひ教えてください!

私にはミレーナが合ってました! 経血の量がすごく減るし、5年ほど避妊効果があります。私には結構革命的でしたね。 ピルと同じで人によって相性があるので、みんながみんなやったらいいとは思わないけど、気になる人は一度検討してみたらいいと思います。

――パラナビ読者に、ひとことお願いします!

自分の体のことや健康のことを、一人で抱えこんで悩まないでほしいです。誰だって風邪をひいたら薬を飲むし、目が悪くなったらメガネをかけたり、なんらかの対処をしますよね。それと同じなんですが、女性だけ自分の生理の痛みや更年期の悩みを「当たり前だから仕方ない」と根性論で耐える必要なんてない。適切な医療の力を借りながら自分の心と体をケアして、仕事もプライベートもQOLを上げてほしいです。

Cradle サービスはこちら!

スプツニ子!(マリ尾崎)●MIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボ助教授、東京大学大学院特任准教授を経て、現在、東京藝術大学美術学部デザイン科准教授。2019年よりTEDフェロー、2017年より世界経済フォーラム「ヤング・グローバル・リーダー」選出。第11回「ロレアルユネスコ女性科学者 日本特別賞」、「Vogue Woman of the Year」、日本版ニューズウィーク「世界が尊敬する日本人100」 選出等受賞。2019年、株式会社Cradleを設立、代表取締役社長就任。

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さくら もえ
Writer さくら もえ

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