2023年3月、イギリスBBCが故ジャニー喜多川氏の少年たちへの性加害を告発。長年、業界の「公然の秘密」とされてきたジャニー氏の行為が、本人の死去から4年近く経ってとうとう白日の下に晒されました。ようやくはじまった「ジャニーズの#MeToo」は今後どう展開していくのでしょうか。
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「業界の黒い疑惑」が当事者の死去4年経って白日の下に
ジャニーズ事務所創始者による、少年たちへの性加害――。
2019年に亡くなり、「日本のアイドル文化に多大なる貢献をした」と称されるジャニー喜多川氏。生前から、所属アイドルたちは口々にジャニー氏への感謝を語り、ときには面白おかしくエピソードを披露していたのが印象的です。そんなジャニー氏には、ずっと「黒い疑惑」がつきまとっていました。
ジャニーズ事務所は、ジャニー氏が1962年に設立したもの。自身の見る目・センスで少年たちを選抜し、プロデュースしていく典型的なワンマン事務所だったといいます。
ジャニー氏はいわば、事務所の「帝王」。そのジャニー氏が、所属している10代の少年たちに性加害を繰り返していたと、イギリスBBCで報道されたのは2023年3月のこと。
その後、元ジャニーズジュニアのカウアン・オカモト氏が日本外国特派員協会で会見。カウアン氏はカメラの前で、自身がジャニー氏自宅で性暴力を受けたこと、同様に被害を受けていたと思われる少年を100人は知っていると語り、社会に衝撃を与えました。
これまでは被害の声が上がっても頑なに報道を展開しなかった日本のメディア。しかし今回の告発はネットニュースで繰り返し流れ、5月17日にはNHKが「クローズアップ現代」で取り上げることになりました。
日本男子の「#MeeToo元年」
思い返せば、日本で#MeeToo運動(※)が大きな話題を集めたのは2017年のこと。ジャーナリストの伊藤詩織さんが、TBSテレビのワシントン支局長だった山口敬之氏から性暴力を受けたと告発し、その詳細を綴った『Black Box』を出版。2022年7月に、最高裁で「同意なく性行為を行った」として山口氏に332万円の賠償を命じる高裁判決が確定しています。
※#MeeToo運動…セクハラや性暴力などの被害体験を訴える、主にはネット上での活動
誰かが話してくれるのを待っていたら、いつまでも変わらない。そのことに、私は気づき始めていた。――『Black Box』(伊藤詩織/文藝春秋)より
伊藤さんから遅れること6年。とうとう、「ジャニーズの闇」にメスが入りました。
カウアン氏も、「クローズアップ現代」に登場する告発者の男性たちも、「逆らえる気がしなかった」「公然の秘密だった」「告発しても何も変わらないと思った」と口々に話しています。
性暴力は「魂の殺人」とも呼ばれ、被害者の心と身体を傷つけ、深いトラウマを残す行為です。十分な性の知識を持たない年頃の少年たちに、圧倒的な権力を行使することで自分の欲望を満たす……。そんな恐ろしい犯罪行為を、多くの大人たちが見て見ぬふりをしていた。そしてこの期に及んでも、ジャニーズ事務所は「知らなかった」と公式に述べています。
男性が性暴力の被害者になることも、当然ありうることです。それでも日本において、男性の#MeeToo運動が女性のそれより遅れて話題にのぼったのは、それが超大手芸能事務所の中で行われていたということと、「男なのに性暴力の被害者だなんて…」というアンコンシャス・バイアスが被害者にも世間にもあったことが原因ではないでしょうか。
今回、日本の公共放送局がこの件を特集したのは大きな一歩です。昨今のセクシャル・ハラスメントへの意識の高まり、#MeeToo運動等により、日本のメディアも「もう無視できない」と閾値を超えたのではないかと思います。
「被害者は声を上げるべきか?」で論争する前に
カウアン氏の会見がネットニュースに流れた後、膨大な数の賛否両論のコメントがついていきました。
「よく言った」「勇気ある行為」「何を今さら」「売名行為」「現役タレントに迷惑をかけるな」
それを眺めながら、ジャニーズ事務所のタレントが持つ影響力の大きさを改めて実感しました。今もテレビで活躍する多くのタレントが存在し、彼らを熱烈に応援するファンたちがいる。そのことが、スキャンダルの解明と解決にどう影響するのでしょうか。
カウアン氏は、被害に遭った人は出てきた方がいいとコメントしていました。NHK番組に登場した二本樹さんも、「自分が名前と顔を出して告発することで、証言者が増えるのではないか」と語っています。被害者に圧力をかけ、「どうせ何も言えないはず」とたかをくくっているのが、この手の性暴力の加害者側の発想。それを覆していくには、「物申す被害者」が登場しないことには何もはじまりません。
一方で、性暴力被害者が重いトラウマを抱え、被害を思い出すこと・語ることが精神的にダメージにつながることも容易に想像できます。
告発者たちの姿を見ることも辛い、という隠れた被害者もいるのかもしれない。そう考えるとやはり、「告発すべき」と強い言葉で主張するのはなかなか難しいことです。
メディアや私たちがまず考えるべきなのは、「声を上げたら聞いてもらえる」という心理的安全性を確保すること。「あなたの話を無視しないよ」という雰囲気をつくることではないでしょうか。
加害者が故人だとしても、これだけ多くの関係者が存命であれば、事実関係をある程度まで調査することは可能でしょう。現社長は「当事者が故人なので真偽を確かめることは難しい」「ジャニー氏の性暴力について、自分は知らなかった」という趣旨のことを述べていましたが、それはなかなか受け入れがたい主張です。事務所は第三者委員会の設置はしないとしていますが、これ以上問題をブラックボックス化することは避けるべきでしょう。ちゃんと第三者の調査を入れ、被害の実態を明らかにすること。そして、勇気を出して被害を訴えた人たちの声に耳をふさがないこと。
セクシャル・ハラスメントを受ける可能性があるのは、女性だけではありません。「かわいい」「かっこいい」と歓声を浴びていた少年たちもまた、性的に消費されていた被害者だったのです。彼らを覆っていた「圧倒的な無力感」を少しでも晴らすことが、今一番求められていることだと思います。