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「何歳でも取り戻せるし、始められる」29歳でシンガポール移住を決めた坪井安奈さんの「出すぎた杭」の生き方

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大手出版社に勤めながら「会社員兼タレント」というパラレルキャリアをいち早く実践してきた坪井安奈さん。今ではキャリアだけでなく、活動拠点もシンガポールと日本というパラレルな生活をしています。29歳でシンガポールへ移住を決めた坪井さんに、2拠点の生き方について聞いてみました。

できない理由を考えるより、どうしたらできるかを考える

――2拠点生活について詳しくお聞きしたいのですが、現在シンガポールと日本にいる割合はそれぞれどのくらいですか?

昨年はシンガポールに住民票を置いていたので、ロケや収録のたびに毎月日本に帰るという感じでした。一方、今年はフリーランスに転身したこともあり、年間では日本にいる日数の方が多いです。シンガポールへは、毎月もしくは隔月で行っています。シンガポールに行っていない時は、別の海外へ行っていますね。今年は“月1海外”を掲げて、それを実践してきました。

多拠点生活をしている理由としては、「そこに目的があるから行く」というよりも、「ここ(日本)にいる必要がない」という感覚です。シンガポールに行っても、他の国に行っても、パソコンとインターネットさえあれば、普段の生活を送ることができます。実際、「環境(日常生活を送る場所)を変えているだけ」というイメージです(笑)。

――会社も飛び出して、ついに日本も飛び出したわけですね。シンガポールに行くことはどう決断されたのですか?

シンガポールでのPRの話をいただいた時、それまで予想もしていなかった展開に私自身とても驚きました。『賢者の選択』というビジネス情報番組でのレギュラー出演が決まったばかりのタイミングでもあったので、最初は「やっぱり無理かな…」と諦めそうになりました。でも、「本当に無理かな?」ともう一度考えて、「片道6時間半。帰ってきたら良くない?」というシンプルな結論に至りました。そして、「渡航費は自分で負担する」という条件で事務所と番組に交渉し、許可をいただきました。もちろん、その年だけでみたら仕事としては赤字ですが、人生への投資だと思い決断しました。『賢者の選択』は企業の社長さんとスタジオトークを展開する番組なのですが、すごく良いチームで制作をしていて、この人たちと一緒に仕事できることは絶対に財産になると思っていたんです。結果的に、2拠点生活は可能だということを体現できましたし、それによって得られたものもすごく多いです。何事もできない理由を考えるより、どうしたらできるかを考えるように意識しています。

――実際にシンガポールでの生活を始めてみて、大変だったことはありましたか?

物理的な距離はできてしまうので、挑戦できるオーディションの数が減ってしまったり、日本での新しいお仕事を逃してしまったことはあるかもしれません。でも、シンガポールにいたからこそ、YouTubeやVoicyなど新しいことを始めることもできました。シンガポールは今では第2の故郷です。家族のように一生付き合える人たちにも出会えて、人生の中で振り返っても本当に宝物のような1年になったと思います。

「出過ぎた杭も打たれる」会社員であることの限界とは

――今年から、サラリーマンではなくなり、フリーランスに転身されたんですよね?

そうですね。2018年くらいから複業/副業の流れが来て、今、世の中では「サラリーマン兼複業」が最強という説が濃厚だと感じます。ただ、5年間それをやってきた身としては、「会社員であることの限界」も感じてきたので、事務所には所属したまま、会社員としてやってきた仕事をフリーランス化しました。

会社員でありながら、複業をすることのメリットはたくさんあると思います。ただ、そんなに簡単にもいきません(笑)。「副業元年」といはいえ、制度などこれから整えていく部分も多く、やりたいことが増えてきたり、成功すればするほどしがらみも増えてくるので。実際、「サラリーマン兼タレント」だった5年間、あらゆる調整や説得をしながらやってきて、それに疲れてしまったというのもありますね(笑)。

――坪井さん自身もやりたいことが増えてきたんですね?

そうですね。やりたいことも増えてきましたし、調整や説得に労力を使うくらいなら、本当にやりたいことにエネルギーを使いたいという想いがありますね。特に5年前は、「副業/複業」という言葉すら浸透していなくて、むしろ怪しいと思われていた時代だったので、「説明して、理解を得て、応援してもらう」というプロセスが本当に大変でした。

「出る杭は打たれるけど、出過ぎたら打たれない」と言われることがありますが、私は出すぎても結局は打たれると思っているんです。どんなに活躍してる人でも、その人に嫉妬している人は世の中に必ずいるので。無理に理解してもらおうとせず、気にしない方がいいなって思ったのが本音ですね(笑)。ただ、これは私の場合の話なので、人によっては「サラリーマン兼複業」が最適な方もいると思います。

パイオニアであるがゆえの苦労ですね。坪井さんの職業も関係しているんですかね?

そうですね。タレントというのが誤解されやすい職業だというのも大きかったと思います。例えば、「食べ歩きのロケに行ってきました」と言うと、楽しそうだし、遊びみたいに思われてしまうことがあるんですよね。その気持ちも理解できるし、実際にやってみないとわからないことだと思うので、本当の意味で理解をしてもらうのは難しかったですね……。

人生、いくらでも取り返せるし、いつからでも始められる

――パラレルキャリアも2拠点生活もそうですが、新しいことを始める時には勇気がいりませんか?

女性って、「何歳まで」という区切りが人生で何度もあると思うんですよ。この間までは「20歳までに」って言われてたのに、次は「25歳までに」みたいな(笑)。そうやって世間から刻まれることで、この瞬間、この1年ってなんだか取り戻せないような気持ちになることがあると思うんですけど、実際には何も失わないし、いつからでも取り戻せると信じています。

「こんなことしたら、何かを失ってしまうかも……」と思って何かをやらないのは、すごくもったいないです。何もしなくても時間は過ぎていくのだから、だったら何か行動していた方が良いと私は思うんですよね。

――たしかに女性って何かと刻まれますよね……。

ですよね。毎年、「何かしらの賞味期限きてるんですか?」ってイラっとします(笑)。世の中から小刻みに期限を迫られることで、無意識のうちに気にしてしまっているのかもしれませんね。 周りの目を気にする気持ちはわかりますが、1年経ったらみんな意外と忘れてますからね。実は、自分が思っているほど、他人は自分に興味がないんです(笑)。

――このメッセージ、すごく女性は励まされると思います。

「30歳までに結婚」というのがよく言われているなかで、私なんて29歳でシンガポールに行ってますからね。「その歳で?」って思われそうですよね(笑)。でも、結果的に失ったものは特にないし、得たものばかりです。後からどれだけでも取り戻せるし、やろうと思えば同時進行でやっていけると思います。

――周りの目を気にするかどうかですよね。

友だち、家族、いろいろな人に支えられて生きていますから、気になるのは当然ですよね。私も最近になって、母から「やっと安奈が言ってることが理解できた」と言われました。5年前は、「何言ってるのか分からない」という反応だったのですが、副業解禁が言われ始めて、「安奈が言ってたのはこういうことだったんだね」と言ってもらえました。嬉しかったですね。

個人的には、複業」の次は「複住」だと思っています。これから先は、拠点が複数あるのが当たり前になってくると思うので、引き続き多拠点生活をしながら、人生、いくらでも取り返せるし、始めようと思えばいつからでも始められるということを、私の人生を以って伝えていきたいです。

坪井 安奈(つぼい あんな)●サンズエンタテインメント所属。慶應義塾大学を卒業後、小学館に入社。’12年12月に同社を退社し、編集長としてIT業界誌『Grand Style』を創刊。その後、動画メディア『HowTwo』の編集長を経て、2017年12月にはシンガポールに移住。現在は「複業複住」タレントとして、日本とシンガポールやN.Y.などの海外を拠点に活動中。シンガポールでの生活を記録したYouTube動画も人気。レギュラー番組に「news every.」「賢者の選択」などをもつ。パラレルキャリア支援オンラインサロン「ハイブリッドサラリーマンズクラブ」でリーダーも務める。

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杉森 有規
Writer 杉森 有規

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