「私、できるだけ競争しないで生きていきたいんです(笑)」と語るのは、TUMMY株式会社のCEOを務める阿部成美さん。農業分野に埋もれる魅力のブランディングを目指して、京都大学から博報堂を経て、2019年に起業に至ったそう。ママライフもしっかり満喫している阿部さんは、やわらかい笑顔そして経営者にしては意外なほどの「自然体キャリア」が印象的です。それを裏付けている、阿部さんならではの“確固たる人生戦略”を探りました。
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「勉強コンプレックス」と決別したら、夢が見えてきた
――阿部さんは、昔から農業に興味があったんですか?
最初は単純に、ご飯を食べることが好きということろからでした(笑)。ただ思い返すと農業への興味がはじまったのは中学生のとき、授業で地産地消について教わったことがきっかけです。自然豊かな山口県で生まれ育った私は「身の回りに畑がたくさんあるのに、なんで学校で呼びかけないと地産地消できないの?」と不思議に思いました。そこから、自分が食べている食の仕組みを知りたいと思うようになりました。
――そして京都大学農学部に入学されます。猛勉強しましたよね?
私、ずっと勉強コンプレックスだったんです。2歳上の姉が、余裕で東大に行くような賢い人で。妹の私は姉のマネばっかりしてきて容量よく生きてきたのに、勉強だけは同じような点数がとれない。中高時代は劣等感の塊でした。あのころは、勉強以外のものさしがないと思い込んでいたので(笑)。
そういう自分と決別して窮屈な人生を抜け出すために、東大に並ぶ大学に入ろう! と決意して、京大を目指したんです。京大に合格して初めて劣等感から解放され、「自分のやりたいこと」を本気で考えられるようになりました。
――すごい努力ですね!そうして入学した京大で、サークルを立ち上げられます。
1〜2年生のときは正直、遊び呆けていました(笑)。ただ3年生になって、自分でちゃんと農業の現場を知りたい! と農園訪問に行くことにしたんです。そこで見かけた、二股に割れたニンジンが可愛くて。当時女子大生だった私から見たら、廃棄されちゃう規格外の野菜こそむしろ愛着が湧くし、触れたくなるなって気づいたんです。そういう「でこぼこ野菜」を使ったカフェをやろうと、友達と3人で「でこべじカフェ」というサークルをつくりました。
――規格から外れたものも、やり方次第で輝けるということですね。
誰に届けるか、伝え方・見せ方次第で、どんなものにもちゃんと役割が見つかって、光が当たるんです。農業自体も、高齢化とか人手不足とかネガティブに取り上げられがちですけど、魅力が詰まった業界です。「でこべじカフェ」をきっかけに、農業の魅力を伝えるブランディングをやりたいと思うようになりました。
20代後半ならではの「モヤモヤ」から起業を決断
――新卒で博報堂に入社されます。ブランディングを学ばれるためですか?
はい。入社後すぐにブランディングの部署に配属されて、ラッキーでしたね。平日は博報堂の仕事、土日は農業の活動をしていました。今思えばパラレルな毎日です。
――土日にやっていた、農業の活動ってどんなことですか?
社会人になっても農業に関わっていたい人たちが集まる社会人サークル「GOBO」です。きれいに整備された竹林畑がとても気持ちいいので、アイデア発想をするための会議室として使う「竹林アイデアソン」というイベントを企画してやったのがいちばんの思い出です。平日は博報堂で働いて、土日は農業の志を持っている仲間といろんな企画を立てるという毎日でした。
――そして、博報堂を4年半で退職されます。
農業の魅力を伝えられる人になりたいという夢を前に、現実にモヤモヤしちゃったんです。そのころ私は20代後半で、「そろそろ夢に向かって本格的に動き出したい」「でも博報堂は好きだし、大企業を辞めるなんてもったいないかな……」「結婚して2年経つけど、そろそろ子どももほしいな」って。いろいろ考えすぎて、よくわからなくなっちゃったこともありました。
――なるほど……。悩みの末、まずフリーランスになったきっかけは?
たまたまSNSで、当時立ち上がったばかりだったスタートアップ企業の「SHE」の情報を見て。「一人一人が自分にしかない価値を発揮し、熱狂して生きる世の中を作る」というSHEのビジョンを見て、ビビっときたんです。とりあえずSHEの講座に参加してみたところ、SHEの代表に声をかけてもらって。博報堂を辞めて期間限定フリーランスとして、SHEのブランディングを担当することになりました。
私は自分でやりたい仕事をつくっていくやり方を何も知らなかったので、SHEで実際に夢を追う方々の働き方を教わりたいとも思ったんです。SHEにお世話になった5カ月間で、いろんな歯車が回り始めたなあと思います。
いよいよ起業、SNSを駆使して仲間集め
――いざ起業、まずは何からスタートされたんですか?
SNSで、私の思いに共感してくれる仲間を集めることです! 「農産物ブランディング部」というオンラインコミュニティに入ったら、一気に人脈が広がりました。いま仕事でタッグを組んでいる方々は、ここで出会った方やSHEで知り合った女性がほとんどです。クライアントも、7〜8割はTwitter経由で知り合った方ですね。
――そうしてスタートしたTUMMYですが、特徴はどんなところにあるんでしょうか。
うーん。女性性満載の愛情深さでしょうか(笑)。ドライに言うと「農業×ブランディング×20〜30代の女性」という3要素の掛け合わせは珍しいみたいです。例えばお手伝いした「まるごとん」という商品は、養豚家の妻の方からのお声がけで一緒につくったものです。実は豚肉って、食べられる部位のうち1/3くらいは、処理やカットに手間がかかるという理由で、あんまり市場に流通しないんです。おいしくても食卓まで届けられないなんてもったいないですよね。「愛情をこめて育てたおいしい豚を、全部食べてもらえるようにしたい!」と声をかけてもらったことから生まれた商品です。
――実際に愛情をもって豚を育てていないと、出てこない発想ですね。
そうなんです。儲かることだけが正義なら、ひたすら豚の頭数を増やせばいい。ロスをある程度受け入れるのも、ビジネス的には正しいのかもしれない。でもそうじゃなくて、豚たちへの愛情がベースになっています。市場に見向きもされないものたちの居場所をつくりたいですし、愛を込めて育てた野菜や動物を安く買い叩かれたくないという、農家の方々の思いに応えたいです。
働き方も仕事量も「ありたい自分」の姿に合わせる
――子育てもされている阿部さん。ママになったのは、起業後ですか?
起業して半年くらいで妊娠しました。夫とはもともと「お互いの人生を好きに生きようね」「いつかは子どもを持とうね」で同意していたので、スムーズでした。
――素敵なパートナーシップですね! ハードな毎日だと思いますが、何かルールはありますか?
「イライラに支配されないこと」「やれるだけの仕事量をキープすること」です。子どもといるときは笑顔でいたいし、夫ともいい関係でい続けたい。だから、それが可能な仕事量をキープしています。土日は仕事を入れず、できる限りスマホも見ないで、家族でゆっくり過ごします。「どういう自分でありたいか」ありきで、働き方も仕事量も調整するという感じですね。
――自分らしさファーストにすることで、結果的に仕事もうまく回りそうです。
「起業家が成功するためには、プライベートの犠牲が必要」みたいな風潮がありますが、そんなことないと思うんです。それを証明するために、まずは私自身が自分らしい働き方を実践していようという思いはあります。おかげさまで毎日3食しっかり食べて、ぐっすり寝てますよ(笑)。
「競争しなくていい場所」で生きていく
――そういう働き方を実践されている阿部さんの存在、心強いです!
私、昔の勉強コンプレックスの影響か、とにかく競争が嫌なんです。自分の好きなことや個性を生かして、競争がない世界で生きたいし、誰ともかぶらない立ち位置を見つけたい。私は農業の世界に思い切って飛び込んでみて、その都度ベストなやり方を考えているうちにどんどん「やりたいこと」が見えてきて、道が開けました。無理やり世の中に合わせなくたって、自分のやりたいことは見つかるし、実現できます。それをたくさんの女性に知ってほしいですね。
――競争が嫌いなんて、意外でした……!将来の夢はありますか?
大量生産・消費の仕組みから生まれる一次産品のロスをなくしたいです。野菜や動物たちに愛情を傾けた作り手が、報われる仕組みをつくりたい。今まではそうした作り手の商品のブランディングを事業にしてきましたが、今後はさらに自分でショップをつくって、愛情のあるものを愛情のあるままにみんなの手に届けていきたいです。
――子育てともリンクしそうですね。
食はすなわち体をつくることなので、育児ともリンクしています。だからこそ子ども中心の生活を自分でも大事にしますし、そういう同世代の方々をなるべく多く巻き込んで、ビジネスを広げていきたいです。
阿部成美(あべなるみ)●食と暮らしのブランディングカンパニーTUMMY株式会社 CEO | ブランドの助産師。2014年京都大学農学部卒業。在学中規格外野菜をかわいい”でこぼこベジタブル”として利用するサークル「でこべじカフェ」を創設。畑や農産物の埋もれる魅力を発信できる人になりたいと決意し、修行のため株式会社博報堂に入社。 ブランディング専門チームにてストラテジックプランナーとして勤める。2018年8月に退職し、人材系スタートアップのSHE株式会社に5カ月間所属の上、同社を設立。2020年に娘を出産。一児の母でもある。