ネパールのコタン郡という場所で採れる、品種未改良・完全無添加の小粒ピーナッツを使ったピーナッツバター。製造元のSANCHAI(サンチャイ)を経営するのが、仲琴舞貴さんです。コタンは、ヒマラヤ山脈を望む標高約1000mの山岳地帯にあり、ネパールの首都・カトマンズから車で8時間ほど(!)。実は仲さん、「ピーナッツバターのビジネスが成功すると思って始めたわけじゃない」といいます。「コタンの人たちを幸せにしたい」という仲さんの、ブレない意思の裏側に迫りました。
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「ピーナッツバターに勝機を見いだした」わけじゃない
――日本で生まれ育った仲さんが、ネパールのピーナッツに出会ったきっかけを教えてください。
以前勤めていたIT企業で、ネパールの子どもたちに向けた寄付の仕組みをつくるプロジェクトを担当することになりました。その仕事について考える中で、本当に必要なのは一時的な金銭の寄付だけじゃなく、ネパールに根付いた強い経済基盤なんじゃないかと思うようになりました。
そんなことを考えるうちに、たまたま見つけたのが、コタンの人たちが日常的に食べている小粒のピーナッツでした。
――ピーナッツバターを量産してビジネスに変え、コタンを経済的に豊かにしようと考えたということでしょうか?
よく誤解されるんですが、私はピーナッツバターにビジネスチャンスがあると思ったわけじゃないんです。むしろ、商品力に関してはまったく期待していなかった(笑)。現地に雇用を生み出して、コタンの人々を幸せにしたいと思っただけです。
コタンの方々は「自分はここで生まれ育って、本当に幸せ。コタンが大好きだ。でも若者は仕事を求めて都会に行かざるをえず、家族がバラバラになってしまう。それが辛い」と言うんです。本当に求められているのは、みんながずっとコタンで暮らせるようになること、そしてそのための「雇用」なんだと気づいたのはこの瞬間です。
――無農薬のピーナッツは、それだけで希少価値がありそうですが。
無農薬のピーナッツって、量は少ないもののアメリカやインドなどにもあるので、それだけでは強力な武器にならないのでは、と考えました。だから、無農薬のピーナッツバターを売ったところで、大きな利益を出せるかどうかはわからない。でも、雇用を生むことで「コタンの人たちを幸せにする」という価値は生み出せる! と思って、起業に踏み切りました。
SANCHAIは「コタンの人たちを幸せにしたい」思いからすべてが始まっています。別に、大きな社会課題を解決しようと思ったわけじゃないんです。だから、たまに「社会起業家」なんて呼ばれると、正直ちょっと違和感があります(笑)。
「うまくいったら奇跡」だから、苦労とは感じない
――コタン、写真で見てもすごく素敵なところですね。
乾いたそよ風が吹く中、晴れた日に庭でお茶を飲みながらのんびりできる。見渡す限り山。ゴージャスなものや便利なデバイスはないけど、「これが幸せ」と言い切れるコタンの人々の心は、とても素敵だと思いました。
――しかし仲さんが開発をスタートした当時は、電気も通っていなかったとか……。
そうなんです。電気がなくて辛かったのは、ミキサーが使えず、トロトロ感を出せないこと。ピーナッツを手動でゴリゴリすりつぶして試作を繰り返しましたが、全然おいしく仕上がらないんです。試しに油を入れてみたら、柔らかさは出たものの、肝心の味がガクッと落ちたりして。
とにかく人を集めて工場を始動させて、そこから試行錯誤しようと考えていたところ、始動の3ヶ月前に突然、送電が始まったんです。ミキサーで、トロトロのピーナッツバターを作れるようになった時は感動しましたね。もともと、苦労して当然と思っていたので、「うまくいったら奇跡」くらいの感覚です。何か事件が起こるたびに、「はいきた!」みたいな(笑)。
――SANCHAIのピーナッツバター、味わいが濃くてびっくりしました。
良質なピーナッツだけを、人の手で3段階にわたって選別しているのがおいしさのポイントです。仕上げに、ヒマラヤ岩塩とブラウンカルダモンを加えています!
またピーナッツのロースト工程では、少量ずつていねいに深煎りにし、手作業で殻剥きをしています。これによって、ピーナッツ本来のおいしさを残せるんです。大規模な工場ではなかなかできないことかもしれません。SANCHAIにしかない香り高さを、ぜひ存分に味わってください!
10人の女性は全員、働いていることに誇りを持っている
――たくさんの手間をかけてつくられているんですね! 工場では、どんな方々が働いているんでしょうか?
11人いて、うち10人が女性です。コタンでは、女性は10代で結婚・出産をする子が多く、識字率も田舎になるほど低いのが現状です。山岳エリアの女性は育児と家事、自給自足のための農業などしかできることがなく、仕事を得ることは難しい状況です。そんな環境の中、SANCHAIで働く11人はみんな、家の外で仕事をしているということに誇りを持っています。
みんな異口同音に言うのが、「昔の私は、夫や親に頼って生活せざるを得なかった。でも今は、自分の力で家族を守れるようになってうれしい!」と。収入が増えて、生活をアップグレードできたという話もよく聞きます。
――稼得力を得た以上に、自己肯定できるようになったことが大きなプラスなのかもしれませんね。
はい! 家族を守れるということはある意味負担になってしまうかもと思いましたが、まったくそうではなく、大切な人を背負える力を得たことが誇りであり、大きな自信になっているんですね。人は、与えられたチャンスをどう捉えて、自分の力に変えていけるかが大事なんだと改めて思いました。
SANCHAIの主役は、工場にいる11人。そしてSANCHAIを支えているのは、商品を買ったり、周りに勧めたりしてくださるお客様。コタンの人々とお客様をつなげるのが、私の役割なんだと思います。
――製造環境も働きがいもそろったSANCHAIですが、コロナの影響は大きかったのではないでしょうか?
いざピーナッツバターができあがり、グッと売り上げを上げたい時期にコロナ禍が重なったのはキツかったです。在庫はネパールにいっぱいあって、お客様からは注文をいただくのに、半年以上日本に持ってこられず……チャンスを生かしきれない歯痒さがありましたね。
SANCHAIのいちばんの武器はおいしさなので、コロナで試食ができない環境もマイナス。なおさら、お客様への感謝が大きくなりました。
人件費は、削るのではなく「最大化する」のが命題
――コロナで大変な時期もあり、人件費を削減しようという発想にはならなかったんでしょうか?
もともとSANCHAIは、コタンに雇用を生み、人々を幸せにすることを目指してつくった会社です。ですからむしろ、「どうやって人件費を最大化するか」が命題。人の手をたっぷりかけた製造工程は、SANCHAIのおいしさの要因であるとも言えますし、雇用は絶対に死守すると決めていました。
――使っているピーナッツが「品種未改良」なのも独特ですよね。品種改良されているほうが、おいしくなりそうです。
「品種改良=おいしくなる」と思いますよね。でもそうじゃないんです!
初めてコタンのピーナッツを食べたとき、味がすごく濃くてびっくりしました。原因を調べたところ、品種改良されているピーナッツよりも、うま味成分であるタンパク質が30%ほど多いんです。
不思議に思って大学教授の方に話を聞いたところ、「そもそも品種改良は味や栄養価を高めるためのものではなく、基本的には収穫量を増やすための技術」と教えてもらいました。だから、品種改良で味がよくなるとは限らない。
――そしてコタンにはたまたま、品種未改良の珍しいピーナッツが残っていたわけですね。
はい。あまり産業が発達していないという、コタンの一見ネガティブな条件が、素晴らしいローカルピーナッツをそのまま残す背景にもなっていたんです。もちろん現地の人々にとっては、これが日常風景。私は外部の人間だからこそ、この価値に気づけたんだと思います。
――ありがとうございました! 記事後編では、仲さん流「独自のキャリアができあがったワケ」に迫ります!
仲琴舞貴(なか ことぶき)●株式会社SANCHAI代表。1978年、福岡県生まれ。家業の美容院の経営に携わった後、