「フェミニズム」というと「女性の権利を主張する」ためのもの、ということで女性だけが関わっているというイメージがありませんか? 15歳で渡米し、2017年に国際結婚、2020年に著書「I took her name」を書いた松尾ポスト脩平さんは、「フェミニズムは女性のみが関わる社会運動ではなく、男性も同じように関わる必要がある」とフェミニズムの発信者と活動しています。アメリカで学び、パートナーを得て気づいたジェンダーバイアス、ありのままに生きていくために男性にも女性にも気づいてほしいことを聞いてみました。
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姓を変える大変さを自身の体験で実感
――松尾さんは、アメリカで8年半、香港で5年半過ごされた後、国際結婚をされ、2017年に日本に帰国。ご結婚の際、パートナーの姓と松尾さんの姓を合わせてつくった“松尾ポスト”というのが、正式なお名前ですか?
結婚した2人の姓をつなげて新しい姓をつくるということは日本人同士ではできないのですが、私の場合、妻がアメリカ人だったのでできました。とはいえ、とても骨の折れる作業でした。婚約した時に彼女から「私は自分の姓が気に入っているから変えられない」と言われていて、籍を入れずに夫婦別姓のままにしようかとも考えたのですが、子どものことを考えるとやはり籍は入れようと思い、新しい姓をつくることにしたんです。
日本の役所では受け付けてもらえず、家庭裁判所で相談したら、まず妻のアメリカでの名前を変えてくださいと言われました。それで、彼女の名義変更の後、私も戸籍の名前を変えました。そこからがまた大変で、パスポート、免許証、保険証、銀行など、あらゆるものの名義変更手続きをしなくてはならなくて……。
実際の作業の大変さ以上に、長年連れ添った自分の名前を変えることに対するアイデンティティの揺らぎに戸惑いました。日本では、結婚したら約9割の女性が男性の姓に改名しているそうですね。こんな大変な思いを、女性の場合は、女性だというだけで当たり前に受け入れさせられているということに初めて気付かされました。
――改名は女性が抱える大きな違和感の一つですよね。その前にジェンダーバイアスに気づかれたのは、何がきっかけだったのでしょうか?
15歳でアメリカに留学したのですが、当時のアメリカはまだバイナリー(二者択一)な価値観が主流で、男と女がはっきり分けられている時代だったんです。男性に対しては、筋肉質でたくましく、精神的にも弱音を吐かないといった男性像が求められていたんですね。
自分ももっと強くあろうと筋トレに励んだりしていたのですが、時々ふと「これは自分のやりたいことなのか?」と、本来の感情を押し殺しているような気持ちになることがありました。本来の自分が持っている好みや特性を無視して、世の中の先入観によってアイデンティティを決めつけられているような感覚がしたのです。
そんな時に、ライフパートナーとなる今の妻と出会ったのですが、「この人は先入観があまりないな」と思わされることが多々ありました。例えば、デートの時の代金はいつも自分が払っていたのですが、しばらくして「いつも払ってくれてありがとう。でもなんで?」と聞かれたんです。「なんでだろう?」と改めて考えると、「自分が男だから」というジェンダーバイアスに囚われていることに気がついたんです。
育休の経験が父親としての自信に
――そうした気づきを経て、ご自分のサイト「Shu MATSUO POST」では、本当の自由とフェミニズムを訴えておられますが、これはどういった観点からですか?
フェミニズムというと、解放運動で怒っている女性というネガティブなイメージがあるかもしれませんが、フェミニズムには「すべてのジェンダーを包括する」意味合いもあるので、男性にとってもいいことなんです。
伝えたいのは「男らしさとか、女らしさの固定観念から離れて、自分らしさに気づいてほしい」ということ。社会からのこうあるべきという圧力が自分のやりたいことと違うとストレスになります。
日本では、権力のある男性ほど、ジェンダーバイアスに囚われているように思います。私自身、いくつかの外資系企業で日本事業の総括を経験してきましたが、マネジメントの立場からも、そういった社会の視点を変えていきたいと思って発信しています。
――フェミニズムについての発信と同時に父親の育児、ファザーリングについても積極的に発言されていますね。
第一子が生まれて7ヶ月の育休を取ったときに、四六時中子どもと過ごす経験を経て、ファザーリングの大切さを実感しました。それ以前も頭では育児の大変さをわかっていたつもりでしたが、実際の経験を経て、想像以上だということを痛感しました。大変だった一方、育児を一緒に乗り越えたことで父親としての自信にもつながりましたね。母親じゃないといけないというのは授乳くらいしかないですし、その授乳中も家事をするなど、できることは山ほどあります。
今、子どもは1歳8ヶ月なんですが、一緒にいればいるほど絆が深まっていくのを感じます。本当に育休期間に一緒に過ごしてよかったと思えますし、人生の中でもかけがえない貴重な時間だったと思っています。また、個人の時間が必要なのは父親も母親も同じです。休日には、私が一人で育児を担当することもあります。
育児休業の申請を会社に伝えるときは緊張しますよね。私は、当時妻がまだ妊娠3ヶ月の段階で伝えたので、仕事の引き継ぎも計画的に進めることができました。早めに不在時の対応などを進めておくことで、属人的な仕事を減らすことができ、結果チームとしての生産性も改善することができます。
マネジメントの観点からしても、男性育休によって従業員の満足度も上がれば、ロイヤリティも上がるでしょう。また、夫側が積極的に育児参加することで、妻も働きやすくなれば、妻側の会社にとってもメリットがあるといえます。
違う立場の人の体験を知ることが重要
――日本のジェンダーギャップ指数は、世界で120位と位置付けられていますが、海外と比較して具体的にどのような点でその差を感じますか?
日本のジェンダーギャップは確かに低いでしょう。まだまだ物事に対する固定観念が根強いですし、法律を決める政治の場も男性ばかりなので、どうしても男性の考えがベースになりますよね。例えば、女性専用車両というのがありますが、本来ならば女性専用車両が必要にならない社会をつくることを政策として考えなければならないのではないでしょうか。
一方、アメリカを例にとると、人種は多様性にあふれていて、自分とは違う立場にいる人の考えもSNSなどを通じて簡単に知ることができます。人種の差がわかりやすいアメリカと違って、日本は見た目も考え方も同じような人が多い。多様性に触れ合う機会が少ないように感じます。
――日本にいると、周りと違うことをおそれる傾向がありますね。
違うことは悪いことではありません。違いを知ったうえで、違う立場の人の体験を知ることはすごく重要です。私はアメリカに行って、自分は人種的にマイノリティの存在だと感じたことが、女性の気持ちをわかろうと思ったきっかけにもなっています。
私個人としては、違いを受け入れて、さらに他と違うことを率先してやっていく、という姿勢を大事にしています。そうでなければ、社会の変革は生まれません。フェミニズムにしても、男性育休にしても、最初は少数派かもしれません。ですが、そこから次の世代をより生きやすい世の中にしていくためにも、「変わっていてもいいんだよ」というメッセージを発し続けたいと思っています。
松尾ポスト脩平(まつお ぽすと しゅうへい)●15歳でアメリカカリフォルニア州に高校留学。ペパーダイン大学でジャーナリズムを専攻。アメリカで8年半、香港で5年半過ごした後、アメリカ人と結婚をして2017年に日本に帰国。苗字を松尾から松尾ポストに変えた際に、日本のジェンダーの枠組みに違和感を感じる。世界の男性にフェミニズムを勧める初書作 “I Took Her Name” を出版。1児の父。