Paranaviトップ ライフスタイル 暮らし 「ピュアなのに犯罪者」15歳の貧困少女の姿から、金と家族の呪縛の強さを知る

「ピュアなのに犯罪者」15歳の貧困少女の姿から、金と家族の呪縛の強さを知る

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カネを作ろうと必死に働き、家族を作ろうと人と繋がっても、幸せは砂のように指の隙間からこぼれ落ちていく。母親にネグレクトされた15歳の少女が、孤独な女たちと身を寄せ合い、黄色い家で暮らした日々。海外でも高い評価を受ける小説家・川上未映子さんの最新作は、「幸せになりたい!」と叫ぶように生きる少女の姿を追った長編小説です。

世界が注目する小説家の最新作のテーマは、人生を狂わず2大シンボル

総菜屋で働く40歳の花は、ネットサーフィン中に見つけたニュースに戦慄した。

黄美子さんだ。間違いない。あの黄美子さんが捕まったのだ。――『黄色い家』より

若い女性をマンションの一室に監禁し、1年以上に渡って暴行・脅迫していたという60歳の黄美子。花は20年前、黄美子と、そして花と同世代だった少女2人と「黄色い家」で暮らしていた。金にも血縁からも見放された孤独な4人が身を寄せ合い、“シノギ”をしながら疑似家族のように暮らした日々。花は、過去の罪が掘り返されるかもしれないことに怯えながら、「黄色い家」での思い出を振り返る―――。

川上未映子さんの最新作『黄色い家』。2021年から2022年にかけて、読売新聞で連載された長編小説です。『乳と卵』で芥川賞を受賞以来、新作を出すたびに新境地を切り開く川上さん。本作では残酷なリアルをエンタメとしてテンポよく描くことで、これまでどちらかというと純文学的と思われていた自身のイメージを、気持ちよく裏切ってみせました。

黄色い家

『黄色い家』(川上未映子/中央公論新社)

一方で、テーマに据えられている「金と家族」はこれまでの川上作品に通底するもの。金と家族ほど、それがあってもなくても、人生と精神を揺らがすものはありません。これまでの作品でも、人間の不安定さを鋭く見つめ、あぶりだしてきた川上さん。『黄色い家』では、真正面からこの2つのシンボルに向き合うことを決めたのでしょう。

社会の不条理と闘う、少女の剥き出しのエネルギー

家族も金も学歴もなく、社会に放り出された花。若者らしい無防備さと一途さで、がむしゃらに働き、周囲の人と繋がって仲間をつくろうとします。しかし次々に襲い掛かる不運が、彼女をどんどん社会の隅っこの暗がりに追い詰め、いつしかヤクザの“シノギ”に手を出すまでに。

金はいろんな猶予をくれる。考えるための猶予、眠るための猶予、病気になる猶予、何かを待つための猶予。

――『黄色い家』より

花が金をほしがるのは、ガス欠に怯えながら地面すれすれで低空飛行するような生活とおさらばしたいから。金持ちになりたいとか名誉を得たいとか、そんな野心はかけらもないのに「ただ平穏に暮らす」ことがままならないのは、花の生まれのせいなのか。だとすればもう、人生を逆転することなど不可能なのか。

どんどん堕ちていく花の姿に、読者は社会の不条理を感じるでしょう。しかし花は人生を投げ出さない。金を奪われ、人に裏切られても、必死に新たなチャンスに食らいついていきます。そこには徐々に善悪の判断が欠落していくのですが、花が剝き出しにする「生き抜く!」というエネルギーに、いつしか読者は引き寄せられていくのです。

家族がいてもいなくても、人は「つながり」を求めるのか

花は、家族をはじめとする「大人」に守ってもらった経験がほとんどありません。

「それなのに」なのか、「だからこそ」なのか。花は、「黄色い家」での4人の生活をとても大切に思っていて、それを守るためにあらゆる努力をします。怠け者の同居人たちに生活のルールを厳しく指導したり、叱責したりして結束を強くしようとする。ときには、「仕事をとってきているのは私だ」と主張して3人を自分の言うなりにさせようとする。そして最後には彼女たちの強い反発に遭うところまで含めて、その姿はまさに「父」のようであり「母」のようでもあります。

これと同じことが、花たちが仕事をもらうヤクザの世界にも存在します。実の家族とは縁切りしているのに、長を「親父」と呼んだり先輩を「兄貴」と呼んだりして上下関係とルールを重視する文化。家族がときに足かせになることも知っているのに、家族的な絆に執着する。花だって、足手まといしかいない「黄色い家」なんかさっさと出て、その真面目さを生かして一人で生きていった方がよかったはず。家の中でいちばん割を食っていた花が、その疑似家族の維持にいちばん執着していたという矛盾。その不合理とばかばかしさこそ、人間性というものなのでしょうか。

 

「わたしは、金じゃない――違う、金だけど、でもそんなことを言ってんじゃない、わたしは」

――『黄色い家』より

どんな時代も、どんな境遇に生まれても、人を狂わすのはいつも「金」と「人」。刺激的な設定の物語ですが、「私は普通」と思い込んでいる人もきっと、いつの間にか花から目が離せなくなるはず。自分を投影して読んでしまうのか、他人事と突き放して読むことができるのか。ぜひ試してみてください。

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梅津奏
Writer 梅津奏

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