男性育休が一般的ではなかった2018年から、長年注力してきた積水ハウス。9月19日を「育休を考える日」と定め、いろいろな施策で男性社員の育休取得を後押ししてきました。その狙いや仕組みから、学べることが多そうです。積水ハウスの担当者、木原淳子さん、松岡優さんへの直撃インタビューから紐解きます。
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男性育休の推進は、福利厚生ではなく経営戦略の一部である
――積水ハウスの調査「男性育休白書2023」は話題を呼びました。特徴的な内容を教えてください。
木原:「男性育休白書」の作成がスタートした2019年当時と比べると、この5年で男性育休に対する意識と行動の両方が変化したことを感じます。例えば、男性の育児休業取得日数は平均で2.4日から23.4日と約10倍に急増しました。2,3日の休暇では、出産への立ち会いと翌日のフォロー程度で終わりますが、20日を超えるともう少し育児に参画できるでしょう。
松岡:以前は、男性育休というと「特別な事情のある人だけが取るもの」「出世の道が閉ざされる」というイメージがありましたが、その意識は変わってきています。事実、育休を取りたい男性の割合が10ポイント増加、パートナーに育休を取ってほしい女性の割合が15ポイント増加しており、意欲の高まりを感じます。
――職場の理解も深まっているのでしょうか。
木原:ゆるやかですが確実に、男性育休を後押しする流れが生まれていると思います。「育休の取得に不安を感じる」人の割合は、2019年に77%でしたが70.2%まで低下しました。その中身を見ると、取得に対する不安は減少した一方、復帰後のキャリアに対する不安はむしろ増えています。男性が、具体的な育休取得シーンをイメージできるようになりつつあるからこその現象といえるでしょう。
――積水ハウスは「IKUKYU.PJT」と銘打って、2018年9月から男性育休取得を推進してこられました。なぜ、これほど早い時期から取り組んできたのでしょうか?
木原:当社には“「わが家」を世界一幸せな場所にする”というビジョンがあります。そのためにはまず社員自身が幸せである必要があり、それに向けた1つの手段として男性育休があると考えています。
松岡:きっかけは、社長の仲井嘉浩が出張でスウェーデンを視察したことでした。仲井が、平日の昼間にたくさんの男性が公園でベビーカーを押している姿に衝撃を受け、「男性の育休取得が、社員とその家族の幸福に直結する」と考えるように。それ以来、福利厚生ではなく経営戦略として、男性育休の取得奨励をトップダウンで進めてきました。
男性育休をきっかけに、柔軟に長期休暇を取れる職場へ
――当時、積水ハウスの男性育休事情はどんな状態だったのでしょうか?
木原:「ハローパパ休暇」という名称で4日間の男性育休が設定されていましたが、実際には平均2日しか活用されていない状況でした。まずはこの現状を変えようと、男性社員の「1カ月の育休取得」を目指すことに。
松岡:いちばんの狙いは、男性育休をきっかけに、社員が月単位の休みを取れる職場環境に変えることです。1カ月以上職場から離れるとなれば、業務の棚卸しが不可欠ですし、部署で助け合うカルチャーが育ちます。
そして、育児だけでなく、病気の治療や家族の介護、さらには旅行や趣味などでも柔軟に長期休暇を取れるようになれば、組織としてもっと強くなれるでしょう。男性育休はそのトレーニングになると考えました。
――建設業界特有の課題はあったのでしょうか。
木原:建設業界は女性の正社員比率が低く、2022年時点で16.7%(※)。当社は約28.9%で、業界平均は上回っているもののかなり低い状況です。でも、男性社会の建設業界だからこそ、長期の男性育休取得を当たり前にすることのインパクトが大きいと思います。
※出典:WAT REPORT「建設業における女性就業者の比率と職種、地位について」
当社では、もともとトップダウンで始まった取り組みだったこともあり、すぐに「実現のために何をするか?」と具体策の検討に入ることができました。当初「1カ月は長すぎるのでは?」「非現実的ではないか」などの声もありましたが、男性育休そのものへの反対はありませんでした。
「育休を取りたいのに取れない」理由を深堀りしていった
――積水ハウスの「特別育児休業制度」は、法制度の基準を上回る、独自の制度です。制度設計の際にはどんな議論がありましたか?
木原:2018年当時、一般的に言われていた阻害要因を解消していく方向で議論が始まりました。まずは経済的な不安を解消するために、1カ月は有給休暇としました。それから「長期で休むと迷惑がかかるのでは」「どうしても外せない仕事があり、この期間だけは出られないか」という懸念を解消するべく、合計4回までの分割取得もOKとしました。
松岡:さらに、2021年4月から産後8週間は1日単位で休みを取れる制度の策定を図りました。家族の計画と業務の都合、両方を考えながら柔軟に予定を立ててもらえればと思います。
――実際、育休の取得者とそのパートナーにアンケートを取っているそうですね。
木原:取得者本人だけでなく、そのパートナーの声も聞くことに大きな意義を感じています。パートナーからはこれまで「必要なタイミングで必要なだけ育休を取れてよかった」「もう1人産めるかもしれないと自信を持てた」との声が寄せられています。
松岡:男性育休取得者からの回答は「育休中、自分の時間は0だった。育児の大変さをよく理解できた」という声がとても多いです。育休を通して、育児を「手伝う」意識から当事者意識に変わるようです。また夫婦の関係性についても「産後8週間、夫が家事を担ってくれて夫婦の信頼が深まった」「育休を通して、お互いへの理解が深まった」という回答があり、ポジティブな影響があったと受け止めています。
――育休取得者が活用されているという「家族ミーティングシート」は、具体的にどんなものなのでしょうか?
木原:ただ仕事を休むだけで何もしない「取るだけ育休」では家庭内で不満が膨れ、かえって家族の幸せから遠ざかってしまいます。夫が育児を「手伝う」スタンスでいると、逆に夫婦間の溝が生まれるというのはよくある話です。それを避けるには、育休の質にこだわる必要があり、その第一歩が、タスクの可視化と役割分担の明確化だと考えました。
家族ミーティングシートをもとに、家事・育児の目標と日々のタスクを整理して、誰が何を担うかを明らかにしていきます。
松岡:このシートに記入する段階で、改めてタスクの多さを感じられますし、自分が具体的に何を担うべきかわかるようになるので、自然と自発的に行動できるんですね。「結婚当初は家事も育児も半分ずつやろうねと言い合っていたのに、いつの間にか不満が募っている」現象を回避できます。
「男性育休が当たり前の社会になることを目指して」
――男性育休が、職場に与えた変化についても教えてください。
木原:育休取得に向けて業務の棚卸しをしてマニュアルをつくると、業務の属人化がなくなります。また、それを機に無駄な業務を削減できるので、業務の効率化が一気に進みます。さらに、育休から復帰した後も「もっと子どもと一緒にいたい」という気持ちから、仕事を効率化して早く終わらせようという考えが生まれ、働き方改革につながっています。
松岡:副次的な効果として、社内の人財育成にもいい影響があります。例えば店長が育休を取る場合、その間は店次長が店長の仕事を代行します。一時的に上の職位の仕事を体験することで、部下の育成になりますし、上司としても「部下に任せたら、しっかり引き継いでもらえた」と信頼が深まります。全国のオフィスで、すでに大きなメリットが生まれています。
――男性育休の推進が、社内の制度やカルチャーに影響を与えたことはありますか?
松岡:男性育休制度から派生して、2023年8月には社内で新しい休暇制度ができました。満18歳未満の子どもが病気などで看護を必要としている場合に、週休3日や1日最大3時間の勤務短縮など、多様な働き方ができる「子どもサポート休業制度」です。悩みを抱えている社員がいても、利用できる制度がない場合があります。そういった社員もキャリアを断たれないようにしたいという思いでした。
木原:この制度は、従業員のアイデアや声から生まれました。こうしたアイデアを生みだす風土が社内に生まれたのは、男性育休制度を導入したことによる影響が大きいと思います。
――男性育休がなかなか浸透せず、困っている企業が多いようです。積水ハウスではどう工夫していますか?
松岡:「営業だから育休は取れない」「管理職は無理だろう」といった思い込み払拭のため、トップセールスや総務長など、多様な取得事例を発信しました。事例を通して、この人が取得したのだから私もできる! と思ってもらえたら大成功。「男性育休は、当然に取得するものだ」という認識が育っていけばと思います。
木原:男性育休に、決まった正解はありません。その形態や必要な期間、やり方は企業ごと、家庭ごとに違います。当社のやり方だけが正解ではありませんので、各企業に合った施策によってバリエーションが豊かになり、選択肢が広がっていけばいいと思います。