Paranaviトップ ライフスタイル ジェンダー/フェミニズム ノーベル経済学賞受賞! 史上3人目の女性受賞者・ハーバード大学教授が解き明かす『なぜ男女の賃金に格差があるのか』

ノーベル経済学賞受賞! 史上3人目の女性受賞者・ハーバード大学教授が解き明かす『なぜ男女の賃金に格差があるのか』

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2023年度のノーベル経済学賞を受賞したクラウディア・ゴールディン氏は、「女性を労働力として働かせるだけでは解決にならない」と、パートなどの短時間労働が多い日本における女性の労働の現状について指摘したことでも話題になりました。女性が「家庭か仕事か」と二者択一を迫られた時代から、社会はどう変化し、今私たちが抱える問題は一体何なのか。2023年ノーベル経済学賞受賞、クラウディア・ゴールディンの著者から読み解きます。

2023年ノーベル経済学賞受賞者、クラウディア・ゴールディン

2023年10月、ノーベル経済学賞が、アメリカ・ハーバード大学のクラウディア・ゴールディン教授に授与されることが発表されました。

ゴールディン教授は、1964年生まれの経済史家であり労働経済学者。男女の経済的不平等と研究テーマとし、2023年3月には著者『なぜ男女の賃金に格差があるのか』邦訳が日本で発売に。20世紀初期から現在にかけて、女性の労働市場への参加はどのように進んでいったかを緻密なデータに基づき分析し、今なお残る男女の賃金格差の要因をあぶりだそうとする話題作です。

『なぜ男女の賃金に格差があるのか』(クラウディア・ゴールディン著・鹿田昌美訳/慶応義塾大学出版会)

本書の狙いは、アメリカの労働市場における女性と男性の比較。恐らくは性別以外の違いをできるだけ取り除く為に、分析の対象は「大卒女性」に限定しています。その上でゴールディン教授は、女性たちを以下の通り5つのグループに分けました。

  • 第1グループ(1900~1910年代に生まれた女性)
    ……「家庭かキャリアか」
  • 第2グループ(1920~1930年代に生まれた女性)
    ……「仕事のあとに家庭」
  • 第3グループ(1950年代に生まれた女性)
    ……「家庭のあとに仕事」
  • 第4グループ(1970年代に生まれた女性)
    ……「キャリアのあとに家庭」
  • 第5グループ(1980~1990年代に生まれた女性)
    ……「キャリアも家庭も」

「仕事」と「キャリア」を使い分けているのは、単に「雇用されている」状態を指す「仕事」に対し、「キャリア」は一定期間の継続とその人の人生の目的の一つになりうるという点で扱いが異なるべきだから。例えば、生活費の足しにするために(その人自身は特に関心が無い)スーパーマーケットでレジ打ちのパートを短期間することは、この本の中ではキャリアの定義に含まれません。

女性の労働市場進出のカギとなった、3つの要素

ゴールディン教授がひも解く100年以上の女性と労働の歴史。「男性は仕事をし、女性は家庭を守る」という役割分担から、女性を労働市場に押し出すことになった要因は何なのでしょうか。本書の中では、多くの女性の実例を挙げながら解説されていますが、特に重要なカギと思われるのは以下3つです。

  • 大学教育への門戸開放

大学や大学院での高等教育を受けることは、女性の社会進出に大きな役割を果たします。アメリカのアイビー・リーグ(名門私立大学の総称。ブラウン大学、コロンビア大学、コーネル大学、ダートマス大学、ハーバード大学、ペンシルベニア大学、プリンストン大学、イェール大学)のすべてが男女共学になったのは、1983年のこと。

第1グループに属する女性のデータを見てみると、「キャリアか家庭か」の二択を迫られている傾向が強く見られます。教育レベルが低く自活能力も低い女性は結婚によって生活を安定させる必要があり、一方で、大学を卒業し、高賃金のキャリアに就くことができた女性は「生活のためだけに」結婚する必要が無かったという、「教育による女性の二分化」が背景にあると本書には書かれています。

  • マリッジバーの撤廃

第2グループから第3グループにかけての大きな変化は、「マリッジバー」の撤廃。

マリッジバーとは、いわゆる「寿退職」制度のこと。結婚した女性は働き続けることができないという、教職や企業の事務職などで明示・黙示ともに存在した雇用の障壁です。

既婚女性を労働市場から締め出すこの制度は、いくつかの裁判を経て、少しずつ撤廃されていきました。そのことにより、女性たちは結婚し子どもを持ったとしてもタイミングを見て仕事を再開したり、ある程度キャリアを築いてから家庭を持つという選択肢を手に入れたのです。

  • ピルの普及

3つ目は、妊娠・出産の問題です。アメリカでは1960年にピルが避妊薬として認可されました。第4グループの女性たちはピルの誕生により、キャリアの展望を描く前に家庭に「ピン留め」されないよう、妊娠のタイミングをコントロールする「自己決定権」を手にしたのです。

一方で、一定の年齢を超えると妊娠率が急激に下がるという医学的データが権威あるメディアで発表されたのは、なんと1982年のこと。第4グループの女性たちは、妊娠タイミングを遅らせた場合にどんなリスクを負うことになるのか、正確なものは知らなかったということになります。

ロイ・リキテンスタインの有名な絵に描かれた女性は、「信じられない。子どもを産むのを忘れていたわ!」と嘆いている。1964年頃に完成したこのポップアートは、第4グループの大勢を象徴するポスターとなった。――『なぜ男女の賃金に格差があるのか』より

では、なぜ男女の賃金に格差があるのか?

男性たちが当たり前のものとして望んできた、「キャリアも家庭も」。

これまで紹介してきたように、女性たちもいくつもの壁を乗り越えながら、やっと「キャリアも家庭も」の世界で男性たちと肩を並べるようになってきました。いくつものフェミニズム革命を経て、ジェンダーバイアスに対する社会の理解も進んできたようです。しかしそれでもなお、男女の賃金格差が存在するのはいったいなぜなのでしょうか?

ゴールディン教授が指摘するのは、「労働時間」の問題です。

過去も現代においても、高賃金の職業として思い浮かべるのは、例えば医師、弁護士、ウォール街の金融マン、経営コンサルタント……。彼らの共通点は、「長時間・オンコール」勤務を強く求められること。

オンコールとは、「いつでも呼び出されれば対応する」勤務体制のこと。オンコールであることと、家庭を持つことの相性ははっきり言って最悪です。子育て自体がオンコール業種ともいえるので、2つを同時進行しようとすれば完全にバッティングし、タイムマネジメントが破綻することは明らかでしょう。

そのため、多くの家庭では、夫か妻のどちらかがオンコール業種から離脱し家庭に入るか、より柔軟で低賃金の仕事に移ることを選択します。そして現代においても、離脱を決断するのは女性のほうが多いということが現実なのです。

この問題を解決するためには、男女の役割分担に関するアンコンシャス・バイアスを取り除く必要があります。ただバイアスが取り除かれたとしても、結局夫婦のどちらかがキャリアを断絶されることに違いはありません。問題の根本解決手段として、「働く人が、自分の完璧な代わりを持つ」という考え方が本書では提案されています。

労働者間の代替が、長時間・オンコール勤務による不相応に高い時給を下げる鍵であることだ。2人の従業員が非常に優秀で、完璧なレベルの場合、互いの代わりができるので、どちらかが休みを取らざるを得なくなっても、もう片方が途切れなく代わりを務めることができる。――『なぜ男女の賃金に格差があるのか』より

仕事を属人的にせず、必ず2人以上のチームを組む。「●●さんでないと対応できない」という事態を減らして、互いが互いをカバーできるような柔軟で余裕のあるシフトが組める人員配置にすれば、時間を捧げる1人のために極端に高額な給与を支払う必要はなくなるということが想定されます。

この提案は、非正規雇用の問題・企業の利益率の減少に直結するので、議論にあたっては注意が必要です。しかしながら、男女や家庭の有無を問わず人材を有効に活用するための仕組みとして、有意義なテーマ設定であることは間違いないと思います。

自分の働き方とプライベートの展望のギャップに悩んでいる人、優秀な人材の流出に悩む管理職や経営陣……、多くの人に示唆を与える1冊です。「自分の完璧な代わり」をつくるという考え方が、「キャリアも家庭も」に悩む女性たちを救ってくれることを祈っています。

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梅津奏
Writer 梅津奏

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