「新しい働き方」を語るとき、「でも、私の勤務先はJTC(Japanese Traditional Companyの略、古い価値観の残る大企業の呼称)だし…」というあきらめを感じる人も多いはず。JTCの代表選手のような存在である富士通の「キャリアオーナーシップと人的資本経営」の“今”を記録した本から、「JTCの限界に立ち向かう」勇気ある取組みを学びましょう。
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キャリアオーナーシップとJTCは「水と油」?
かつての日本企業は上意下達型の組織が一般的で、「会社の(上司の)命令は“絶対”」という価値観のもと、社員の忠誠心をよりどころにしたキャリア形成が当たり前だったように思います。
つまり、社員のキャリアは組織がコントロールするものであり、社員はただ会社の指示に従って動く歯車でいればよいと、(言葉はやや強いですが)洗脳していたようなものですよね。
しかし今は人生100年時代が叫ばれ、「個人の長い仕事人生に、一つの会社が責任を持てない」のが現実。私たちは、会社への依存から脱して、自立したキャリア形成を考える必要があるのではないでしょうか。これが「キャリアオーナーシップ」という考え方です。
とはいえ、個人がどんなに意識を変えたところで、目の前に立ちはだかるのは「企業の論理」。
従来型のキャリア観に基づく人事制度を引きずっている企業では、まずはキャリアオーナーシップを軸にした人事制度の改革が必要になります。そしてそこで問われるのが、経営トップの強いコミットメント。
若くてしがらみの少ない企業と違い、JTC(Japanese Traditional Company)と呼ばれるような老舗の日系大企業の人事制度は、働く個人のオーナーシップを尊重するという価値観となかなか相いれないものがあるでしょう。そんな「JTCの壁」を打ち破ろうと、「組織」と「個人」の両面からチャレンジを続ける企業の姿をまとめたのがこちらの一冊です。
「トップの強いコミットメント」が現場の心理的安全性を生む
日本の超大手IT企業、富士通。東証プライム上場、グループ全体で約13万人の社員を抱えた、ザ・JTCと呼んで間違いないでしょう。
本書は、そんな富士通が時田隆仁社長のもとで急速に進めている人事制度改革について、法政大学キャリアデザイン学部教授の田中研之輔さんの監修付きで紹介されています。
扱っているサービスはテクノロジーの最先端だけど、働き方は典型的な日本企業……。大きなギャップを抱えていた富士通が、「キャリアオーナーシップを文化として根づかせることで、企業として成長する」に挑んでいる歩み。
社員同士のカジュアルな語らいにより自らキャリアを考えるヒントを得てもらう対話型ワークショップ「キャリアCafe」の開催。「Jobチャレ!!(社内インターン制度)」や「Assign Me(社内副業)」といった社内公募制度の拡充。田中教授監修の「キャリアオーナーシップ診断」の導入。
幅広くきめ細かな施策を展開し、社員を巻き込んでいく動きを支えているのは、経営トップの強いコミットメントだといいます。
確かに大変ではありますが、その際、社長の時田が強い決意を示していることが、私たち施策を実施する側にとっても、社員にとっても「心理的安全性」になっています。
――『進化するキャリアオーナーシップ』より
正直なところ、ワークショップも社内公募制度も各種研修やアンケートなどは、内容や深さの違いこそあれ多くのJTCですでに導入されているものだと思います。重要なのはそれを表面的なものにせず、社員ひとりひとりに浸透させること。それを可能にするのは、経営トップの強いコミットメント。それを信じることができれば、社員たちは「後からハシゴを外されたりしない」という心理的安全性を得ることができるのではないでしょうか。
残る問題は、「投資家への説明」と「管理職のあり方」
今の平松さんの課題は、多くのCHROが感じていることだと思いますが、特に投資家への説明に当たっては、人材への投資がダイレクトに売上や利益に結び付くものではないという共通認識を築いていくべきでしょう。
――『進化するキャリアオーナーシップ』より
富士通CHRO(Chief Human Resource Officer(最高人事責任者))である平松さんと田中教授の対談において、田中教授はこう投げかけました。
証券取引所に上場して資金を調達しているJTCにとって、非常に重要なのが「投資家(株主)」という存在。「企業は株主のもの」という考え方もあります。
富士通が行っている人事制度改革のような取り組みは、工場をつくるとか新しい技術を開発するなどの取り組みと違い、「企業のサービスや価値の向上」に直結するわけではありません。投資家からは、「社員を甘やかすために大切な資金を使うなんて」といった見方がされる可能性も……。
JTCのような組織が人事制度に予算と人手を振り分けていくには、田中教授の言うように、「人材への投資の意義」をしっかり説明できなければならないという課題が引続き残っているのですね。
加えて、「管理職のあり方」という問題もあります。
本書では、組織としての取組みと、新しい制度を利用してキャリアオーナーシップを駆使していこうとする社員たちの姿が多数紹介されていました。
しかし現実の職場ではおそらく、組織と個人のパイプ役となる「管理職」がどう行動するかということがとても重要になるはずです。
マクロな視点でルールや制度をつくっていく組織と、一人の人間としていろいろな思いや夢がある個人。その間をしっかり橋渡しできる管理職のマインドセットを変えていくこと、教育していくことが、多くのJTCにおいて求められていると思います。「現代の管理職は“無理ゲー”」なんて言葉も聞くようになりましたが、多様化する組織において管理職の存在意義やあり方は、不要論も含めてもっと見直されていいのではないでしょうか。
「滅私奉公する代わりに、抜群の安定感と報酬を得る」
そんなJTCのあり方が、少しずつ変わっていっています。組織と社員がお互いを信頼し、その上で自律するという相乗効果を生むことができる企業が、もっともっと増えていくことを願っています。