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万博に行けない子どもたちのために「どこでも万博」を企画、旅行会社経営・戸田愛さんのブレイクスルー

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大阪・関西万博が開幕してみると「やっぱり面白い」「一度は行ってみたい」と好評を博しています。しかし、病気や障害などの理由で行きたくても行けない子どもたちがいます。「スペシャルキッズにも万博を楽しんでもらいたい」と「どこでも万博」を運営する旅行会社「とことこあーす」代表取締役の戸田愛さん。3人の子育てをしながらの社長業だけでもすごいのにと驚かされます。旅を通して人生の可能性を広げてきた戸田さんのこれまでを聞きました。

「どこでも万博」を通して未来が広がればうれしい

――まず「どこでも万博」について教えてください。どのようなサービスで、始めたきっかけは何だったのでしょうか?

「どこでも万博」は、長期入院などで「やりたいけど、できない」経験を抱えているスペシャルキッズたちが、リモート技術によってリアルタイムに万博を体感し、現場で交流することができるサービスです。スマホやタブレットを使って専用のロボットを遠隔操作し、まるで会場にいるかのようにパビリオン内を探検できます。現在、オンラインで参加者を募集しており、各回30名限定で1時間の「どこでも万博」を体験できます。

私には3人の子どもがいて、長男がダウン症です。2019年のコロナパンデミック開始後、家族5人で、若い頃から憧れていた「世界一周旅行」に出かけました。当時は、旅行事業は海外在住日本人と日本からの旅行客をつないだガイド事業を中心に展開していたんです。

その世界一周に出発する前、万博開催が決まった頃に、「どこでも万博」の発起人でもある小児科の先生から友人を通じて連絡をいただきました。その方は小児神経科医をしながら、病気と向き合う子どもたちがいきいきと過ごせるよう10年以上ボランティアをされている方で、スペシャルキッズがいることで万博に行くのは難しいとあきらめている家族が、一緒に楽しめるような万博にするのに力を貸してくれないかという依頼でした。

この公園で遊んだらお昼食べようと言っていたマチュピチュ

「旅を通して人と学びを繋ぐ」が企業理念。 出典:とことこアース

万博は、スペシャルキッズにとって旅に出るという夢の第一歩だけれど、実際に出かけていくのは困難です。そこで、自宅と万博をオンラインでつなぎ、パビリオンにいるAIロボットの画面に子どもたちの顔が映って現地で交流したり、展示を見たりできる仕組みを作りました。「とことこあーす」を含む5社がコンソーシアムを組んでおり、そのうち1社がロボットの会社です。

現在は病院に集まって参加するパブリック版と、各自の病室や自宅から参加するパーソナル版に分かれており、それぞれ1時間程度、いずれも無料です。万博会期中に計3000人ほどの子ども達とご家族に参加してもらいたいと考えています。

訪問先は、現在イタリア館と石黒館にお願いしており、イタリア館は政府観光局のイベントで出会った代表に「どこでも万博」の話をしたところ、その場で「感動した!うちでやろう」と賛同いただきました。今後、賛同いただけるパビリオンや協賛社も増えていけばと思っています。

世界一周で気づかされたさまざまな生き方

――素晴らしい活動ですね。障害のあるお子さんもいらっしゃるのに家族全員で世界一周に出られたという行動力にも驚かされます。どのような旅だったのでしょうか?

「いつか家族で世界一周」は夢だったのですが、就職して結婚し子どもができて、行けるとしたら老後かなと思っていたら、家族で参加した旅イベントで長女が「世界一周したいね」とつぶやいたんです。すると夫も「今しかないね」と同意したんです。

「仕事を長期間空けるのはどうする?」という問題には、夫が末っ子の育休を利用し、私が旅行プランを作るテレワークで働くことで解決。「子どもたちの勉強は?」については、旅行中は自習で乗り切ろうと、行けない理由を一つずつ解決していきました。そして2019年7月に8歳・6歳・1歳の子どもたちと世界一周チケットでタイに向けて出発しました。

6大陸21カ国を、1カ国1週間から10日間、全231日かけて周り、最終訪問地だったフィリピンを出たのが2020年3月。翌月からコロナでロックダウンとなりました。子どもの学齢を考えても、あの時にあきらめていたら世界一周はできなかったタイミングでした。

――実際に家族で世界一周を経験されて、どのようなことを感じられましたか?

息子が障害を持って生まれてきて、もう普通の人生は難しいかもとあきらめていたけれど、その子と一緒に世界に触れて、本当にいろんな生き方ができるんだなと感じたことですね。

世界一周の前から始めていた「とことこあーす」の事業は、旅行者と現地のガイドさんを結んで、友達を訪ねて行くように信頼のおけるガイドさんに会い、観光だけでない現地の魅力を案内してもらうというものです。この旅は、それまで一緒に仕事をしている現地ガイドさんに会いに行く旅でもありました。

実際に会ってみると、同じ日本人女性でも海外でいろんな子育てや生き方をされていて、自分が考えていた「普通」って何だったんだろうと考え直させられ、生きるのが楽になりました。大好きな旅行の仕事でみんなに喜んでもらえて、その対価で家族で旅をすることができて、社会に対しても家族に対しても自分には役割があるのだと思えたのが今につながっています。

また、世界一周に出る前は、主人は仕事一筋で私は在宅で働くのみでした。それが世界一周で、彼は育休で私が稼ぐという役割が逆転しました。私がやりたい仕事をやっているのを見て、その意味が伝わったようで、今は育児も一緒にしてくれます。子育てや家事と仕事などお互いの役割について言いたいことが言えるようになったのは良かったことですね。

――世界一周の前から在宅で「とことこあーす」を始められたきっかけを教えてください。
旅が好きで、まず添乗員からスタートし、その後オーダーメイドのハネムーンを作る仕事をしていましたが、子育てとの両立は難しく、出産前に退職しました。でもいつかは旅行業に戻りたいと旅行取扱者資格も取ったのですが、1年半も空かずに次の子が生まれ、その子がダウン症だったんです。

旅行業に戻りたいけれど、同じ働き方は困難。どうしたら母親業と両立ができるだろうかと考える中で、「自分はすぐに旅行に行けないけれど、世界中にいる人と話して、待ってくれている人に会いに行くという旅をつくる」のはどうかと思ったんです。ちょうど友人のオンライン英会話の立ち上げも手伝っていて、でも私は旅行業が好きなので、オンラインで終わりではなく会いに行きたい人を増やしていくことが人生を変えるのではないかなと思って。

添乗員ではどうしても自由時間は30分などと制約があったりで、現地の人と交流する時間もなく、その人らしい旅をかなえてあげられないという思いがありました。「歴史や観光だけではなく、現地の暮らしや文化とつなげてくれる」街歩きガイドをご紹介することができればと思いました。

カンボジア教育旅行

カンボジアへの教育旅行。

ガイドさんは、世界中のオンライン掲示板などを利用して、子どもを寝かしつけながらリクルーティング。信頼できて日本的な感覚を持ちながらも現地を案内できる方にお願いしています。全員面接をしたので1000人ぐらいの方とお話ししました。

――世界一周で苦労されたこと、そして旅で得られたものについて教えてください。
現実的な苦労では、南米に行ったときに大統領選に伴って街が荒れていて、次に行くはずの街の一部が燃えているなんてこともありました。子連れ旅という意味での苦労は、子どもが体調を崩したりしたことですね。子どもの教育については、上の子が小学3年生で「義務教育期間はお休みを取っても学年は上がることができるけれど、旅をしながらでも学習できる状況は作ってあげてください」と言われていました。

教科書やドリルを持って旅をしていたのですが、子どもとしては学校に行けば「先生が教えてくれて宿題が出る」など次にしなければならないことが与えられますが、自分で勉強を進めていかなければならないのが大変だったようです。しかし、帰国後コロナでみんなが自宅学習になって、「自分でその日の学習を決めてやっていく」ことの大切さに気づかされたのではないでしょうか。

子どもにとって、旅先で勉強ができないのは先生のせいではなく自分のせいだという意識が身についていたのは良いことでした。この自立的な姿勢は、世界に出ていると学ばされることが多いのです。世界一周の前ですが、ハワイの障害者施設を見学に行った時にも「こちらではもう障害を恥ずかしがる時代は終わり。その子が何を得意としてそれをどう伸ばすかが教育。早く日本も追いついておいで」と言われて、それまで「少しでも普通に育てなければならないのにできない」と思っていた自分の心に光がさしました。

世界一周でも、勉強のやり方でもそうですが、子どものできることを伸ばそうというように親としての関わり方が変わったように思います。

自立した子どもをつくる親子留学を新しい事業に

――教育や親の関わり方の経験を通して、親子留学も事業にされていますね。具体的にはどのような内容なのでしょうか?

幼稚園から小学校くらいのお子さんを対象に、EARTH留学という事業をしています。今はセブを中心に展開しており、まず留学に行くと決まったら、渡航前に毎週オンラインで先生とセブについての話を聞きます。言葉と文化に慣れて、出発のときには「先生に会いに行く」という気持ちで、子どもが「現地で何をしたい」というのを大切にする旅です。現地の学校に体験入学したり、現地の子どもとバディを組んで「この子と一緒に水族館に行く」「スポーツをしたい」など、お子さんが好きなことで現地と交流するのをオーダーメイドで作っています。期間は1週間から。親が気づかされることも多いので、メインは親子留学ですが、どうしても親が行けない場合はお子さんだけでも対応しています。

親子一緒に旅で挑戦できる年代は限られていますし、頑張っていたり悔しがったりしている子どもを横で見て、親が変わっていくという方も多いです。世界一周のことをインスタで発信したときも「親になって旅をしてもいいんですか?」というコメントが来たくらいで、この親子留学が「子育てしながら旅に出る」という新しい一歩になればいいなと思っています。それが、自分のやりたかったことへの一歩にもなってくれればうれしいです。

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小野アムスデン道子
Writer 小野アムスデン道子

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