たくさんお金を稼いでいれば幸せ? 彼氏や夫、子どもがいたら幸せ? お気に入りの服を着ておいしいご飯を食べれば幸せ? 没頭できる趣味があれば幸せ? ……私たちの「幸福度」は、どのようにして決まっているのでしょうか。今回は、神戸大学の西村特命教授・同志社大学の八木匡教授による調査結果、そして「幸福学」の第一人者である前野隆司さんの著書2冊から、私たちの幸せの作られ方について紐解いてみました。
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所得、学歴、自己決定。「幸せ」への影響度が高いのは?
さっそく、西村和雄・神戸大学特命教授と八木匡・同志社大学教授が約2万人の日本人に行った調査(※1)の結果をみてみましょう。ここでは、幸せに影響する要素として「所得」「学歴」「自己決定」「健康」「人間関係」の5つを挙げ、これらがどれくらい主観的な幸福感に影響しているか調べました。なお「自己決定」は、「自分の意思で進学する高校や大学、初めて就職する企業を決めたかどうか」を指標としました。
調査の結果、健康、人間関係に次ぐ要素として「自己決定」が大きな影響力を持っていることがわかりました。健康状態や人間関係が、人の心に強い影響を与えるのは当然でしょう。体調が良くないときや周囲とうまくいかないときに、前向きに物事を考えるような余裕はありませんね。何よりも注目すべきなのは、「自己決定」が幸福度に大きく影響するという事実です。
他人に依存せず、自分で考えて何かを決定することは、その後のモチベーションにつながるからだと考えられます。人生の重要な決定とは、進学や結婚だけではありません。私たちが今築いているキャリアもその1つ。幸せになるためには、所属先の会社に依存したり慣例に縛られたりするのではなく、自分のキャリアをどうしていくか、自分の頭で考えて決めることが重要です。
お金で得られる幸せは「世帯年収1100万円」が壁になる
とはいえ、収入が増えれば幸せになれるのでは? と思う人も多いでしょう。実は、「所得が上がるほど幸福度も上がるわけではない」ということが、さまざまな研究によって証明されています。これは、アメリカの経済学者、リチャード・イースタリンが発見したことにちなんで「イースタリン・パラドックス」といわれます。西村特命教授たちの調査でも、所得と幸福感の関係について調べたところ、「幸福感は、所得の増加率ほどには増加しない。その変化率は、世帯年収1100万円で最大となる」ことが明らかになりました。
具体的な境目の金額は調査によっても異なりますが、とにかく、お金だけで得られる幸せには限界があるようです。では、もっと豊かな幸せを手に入れるために重要な「自己決定」には、何が必要なのでしょうか? 「幸福学」の第一人者・前野隆司さんいわく、幸福度には「4つの因子」が影響します。それは「やってみよう!」因子、「ありがとう!」因子、「なんとかなる!」因子、「あなたらしく!」因子の4つ。どれも、自分の意識や努力で積み上げていけるもの。1つずつ見ていきましょう。
自分の中の「オタク性」を見つけよう
まず1つ目の「やってみよう!」因子。これは自分は有能であると思えたり自己実現できている実感を持てたり、つまり「自分に関する幸せ」のこと。自己実現というと難しく聞こえますね。でも、自分の好きなことを1つ追求し、何かの「オタク」になると考えればハードルが下がります。ここに勝ち負けの概念はありませんし、お金や地位を得る必要もありません。
失敗したっていいのです。チャレンジした結果、夢や目標がかなわなかったとしても、それは不幸ではありません。(中略)夢や目標を目指しているだけで(目指していない人よりも)幸せだということがわかっています。
出典:前野隆司著『年収が増えれば増えるほど、幸せになれますか? お金と幸せの話』(河出書房新社、2020年)P198
「10000時間の法則」をご存知でしょうか。イギリスのジャーナリスト、マルコム・グラッドウェルが紹介した考え方で、1つの分野に10000時間かけて取り組めば、その分野の専門家になれるという説です。例えば、1年間の業務時間を1680 時間(7時間×20日×12ヶ月)とすると、だいたい6年間で10000時間に達します。1つの分野で6年間キャリアを積んだ人は、自然にその分野のエキスパートになっているんですね。自分には専門性なんていない……と思う人も、自分のキャリアを振り返ってみては?
「たくさんの友達」より「いろいろな友達」と付き合おう
そして2つめの「ありがとう!」因子。これは人とのつながりと感謝の要素です。では、どんな人たちと付き合えばいいのでしょうか。前野さんの研究からは、意外な事実が明らかになっています。
私たちがおこなった研究によりますと、友だちの数よりも、友だちの「多様性」のほうが、より幸せに寄与するという結果が出ました。
仕事関係の友だちだけでなく、趣味やサークルの友だち、学生時代の友だち、インターネットで知り合った友だち、地域の友だちなど、年齢や職業もバラバラな、多様な人と付き合うことが幸福度を高めます。出典:前野隆司著『年収が増えれば増えるほど、幸せになれますか? お金と幸せの話』(河出書房新社、2020年)P201
自分に似た友だちよりも、自分と違う背景を持つ人たちと一緒にいることで、新しい考え方を知ったり互いに刺激を与え合ったりできます。そもそもそういうコミュニティには、メンバーの多様性を認めながらいい関係性を築く文化があるわけですから、幸福度が高まるのは当然ですね。
沖縄県が「平均年収低くても、幸福度No.1」の理由
3つ目の「なんとかなる!」因子は、前向きと楽観の要素です。具体的には、うまくいくだろうという楽観性を持つこと、失敗や不安を引きずらずに気持ち切り替えること、などです。前野さんが博報堂と行った調査(※2)によると、幸福度No.1の都道府県は「沖縄県」でした。
年収が低く、失業率が高いにもかかわらず、なぜ沖縄県は「日本一幸せ」なのでしょうか。要因の一つとして挙げられるのは、「なんくるないさー」精神です。「なんくるないさー」は沖縄の方言で、「なんとかなるさ」という意味。きわめて楽観的な県民性があるのです。
出典:前野隆司著『年収が増えれば増えるほど、幸せになれますか? お金と幸せの話』(河出書房新社、2020年)P62
さらに、沖縄県の幸福度が高い要因にはもう1つ、「アイディンティティがある」ことも挙げられるんだとか。
沖縄の幸福度が高いのは、東京から離れていることも関係していると思います。遠いがゆえに、東京と自分たちを比較しないで済んでいる。しかも、沖縄じたいに他と比べようのない個性があります。「ウチナーンチュ」としてのアイデンティティがあります。
出典:前野隆司著『年収が増えれば増えるほど、幸せになれますか? お金と幸せの話』(河出書房新社、2020年)P67
この「他と比べない」という要素は、そのまま4つ目の要素「あなたらしく!」因子につながります。これは、自分と他者を比較しないこと、外部の制約を気にしないこと、変わらない信念を持っていることなどから成る因子。自分を他人と比べる必要はありません。確固たる「自分の軸」を持って精神的に独立している人が、幸福になりやすいということですね。
「長続きする幸せ」と「長続きしない幸せ」の差
さて、こうして目指す幸せには、2種類あるということをご存知でしょうか。それは「長続きする幸せ」と「長続きしない幸せ」。長続きしないのは、お金や地位、モノによって得られる幸せです。確かに、お金やモノを手に入れて満足しても、その幸せが何ヶ月も何年も続くことはないように思います。一方で長続きするのは、精神的な幸せ。人とのつながりや日々の充実感、健康などを指します。経済用語で、前者を「地位財」、後者を「非地位財」と呼びます。
しかし、お金がなければ生きていけないし、新しい服もスマホもコスメもほしいのが現実。単純に「地位財=悪」と考えたら、味気ないように感じます。では、地位財と非地位財、どちらを重視したらいいのでしょうか。前野さんは、独自の理論を展開します。
人間は、本来、短期的な幸福をもたらす地位財と、長期的な幸福をもたらす非地位財を、どちらもバランスよく求めるようにできているのではないでしょうか。両者は、車の両輪のようなものだと思うのです。
(略)で、もともと、人間社会は、両者のバランスをとっていた。
(略)なぜなら、競争が子孫獲得に有利に働くこともあるでしょうが、皆で協力して安心・安全な社会を作り、ともに子孫を育てる方が、子孫獲得のために有利な場合もあるからです。人間が他の生物にも増して利他性を持つことはよく知られていますよね。出典:前野隆司著『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』(講談社現代新書、2013年)P74
考えてみればパラキャリは、私たちの生活の中で比較的簡単に非地位財、つまり「長続きする幸せ」を手に入れる手段かもしれません。もちろん、対価としてお金を受け取ることもあるでしょう。しかしパラキャリで得られるものはお金だけでなく、「新しい世界に踏み出したという充実感」「自己決定した手応え」「他の人との関わり」といった、非地位財です。幸せを手に入れ、かつ長続きさせるという意味でも、これからさらにパラキャリが注目されていくでしょう。
(※1)出典:『幸福感と自己決定―日本における実証研究(改訂版)』。調査期間:2018年2月8日〜2月13日、調査対象者:全国20歳以上70歳未満の男女個人、標本回収数:20,005。
(※2)出典:『地域しあわせ風土に関する調査』。調査地域:全国47都道府県、調査時期: 2014年2月28日~3月10日、調査方法:インターネット、調査対象者:20歳から64歳までの男女、現在の地域に3年以上お住まいの社会人(単身赴任者と学業専門の学生は除く)、サンプル数:15,000(各都道府県300サンプル(北海道のみ道東・道央・道南・道北各300)、男女各150名、20-34歳・35-49歳・50-64歳 各100名)。
<参考文献>
・前野隆司著『年収が増えれば増えるほど、幸せになれますか? お金と幸せの話』(河出書房新社、2020年)
・前野隆司著『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』(講談社現代新書、2013年)