長野県の、旅する珈琲屋さん『読点珈琲』。その名の通り、店舗を持たずにポップアップストアとして、県内の各地で不定期にオープンしています。オーナーである西野有香さんの本業は、メーカーの会社員です。「珈琲屋を始めてみたいと思っていたけど、自分にできるか不安だった」と話してくれた西野さん。どのように夢を実現していったのでしょうか。副業のきっかけやお店に込めた想い、本業との両立について聞きました。
Contents
今の仕事にモヤモヤするも、踏ん切りがつかなかった
――まずは、西野さんの本業について教えてください。
メーカーで製品の生産管理をしています。各部品がどのくらい必要か、需要と供給のバランスを見ながら計画を立てていく仕事です。私はもともと大阪出身なんですが、就職をきっかけに長野県に移住してきました。
今の会社を志望したのは2つの理由からです。1つは、勤務条件や福利厚生がしっかりしてるホワイト企業だったこと。安定志向の私にはすごく大事なポイントでした。もう1つは、大学時代に1年間留学をしていたので、英語力を生かした仕事に就きたいと思っていたことです。今の会社は海外展開しているので、英語でやり取りする機会も多いと期待していました。
――志望していた企業でお仕事を始めてみて、いかがでしたか?
それが……思ったほど英語は使えず、仕事そのものにも「もっと頑張りたい」と物足りなさを感じていました。大企業なので、もちろん自分で仕事や部署を選べるわけではありません。入社してから2年くらいは、ずっと「これが本当に自分のやりたい仕事なのか」とモヤモヤして、漠然と転職願望を抱えていましたね。
――もっと自分の好きな仕事をしてみたいと思っていたんですね。
じゃあ何がしたいんだろう? と考えるうちに、浮かんできたのが「コーヒーに関わる仕事をしてみたい」という気持ちでした。もともと、自分でコーヒーを淹れたり、友人と一緒に楽しんだりする時間がすごく好きだったんです。
そこで、まずはバリスタやカフェ経営の仕事について情報収集してみることに。コーヒーを何杯売ったらどのくらいの売り上げになるのか、テナントを借りるときの賃料の相場、個人事業主になった場合に関係してくる税金制度などを調べました。
――さっそく行動されていてすごいです!
だけど、調べれば調べるほどお金の面で不安になってしまって(笑)。コーヒーは単価がそこまで高くないので、たくさん売らないと利益が出ません。それに体力にも自信がないので、自分の投下したリソースが収入に直結するという働き方も、とてもできる気がしませんでした。雇用もお給料も保障されている会社員のありがたみを思い知りましたね。
「今の安定した立場を手放してまでやりたいのか?」そう考えると、なかなか覚悟を決められずにいたんです。
仲間の応援と後押しで動き出したプロジェクト
――「好き」を仕事にしてみたいけど、ずっと不安を抱えていた西野さん。転機は何だったんでしょう?
起業支援を行っている『Kobu. Productions』代表の、岩井美咲さんと出会ったのがきっかけでした。同期の紹介で知り合い、家がご近所だったのもあってたまにご飯に行くようになって。コーヒーに関わる仕事をしてみたいと岩井さんに相談してみたら、「いいじゃん、一緒にやろうよ。手伝うよ!」と言ってくれたんです。
――その言葉を聞いたとき、どう感じましたか。
「私にもできるかもしれない」と、うれしさがこみあげてきましたね。それに、応援してもらえるのは純粋に心強かったです。自分ひとりだったら、今も『読点珈琲』は実現していないかもしれません。
私の中でも、だんだん考え方が変わってきていました。まだまだ自分はコーヒーの知識も足りないし、コーヒーを淹れる技術だってお店を出せるレベルではない。ずっとそう思っていたんです。
でもその不安を、カフェを運営している知り合いに打ち明けたら、その人から「実際にお店でコーヒーを出しながら練習していけばいいんじゃない?」と言われて。
それまで、会社を辞めてしっかり独立準備をしなきゃとか専門学校に通って勉強しなきゃとか、極端なことばかり考えていたので、その言葉を聞いて衝撃を受けました。「やりながらスキルや知識を身につけていけばいいんだ」と思えるようになったんです。それで、まずは副業から活動をスタートしました。
――「会社を辞めなきゃ」から、「副業で少しずつ活動してみよう」に変わっていったんですね。
はい。2020年8月にプロジェクトが動き出し、お店のコンセプトを考えたり、出店の方法を考えたりしていきました。テナント料のかからないポップアップ店舗にしようというのは、比較的すんなり決まりましたね。小さく始めるのにはぴったりなやり方だったので。
あとは、毎日コーヒーの淹れ方を研究しました。コーヒーの風味は、豆を煎る時間や、水の温度や質、豆の種類によって大きく変わります。毎日少しずつ淹れ方を変えて試飲してみる、を繰り返していましたね。地道な作業ですが、コーヒーが好きなので続けられたのかなと思います。
せわしなくタスクが押し寄せる日常に、「読点」を
――そうしてできあがったのが、旅する珈琲屋さん『読点珈琲』。お店のコンセプトに込めた想いを教えてください。
みんな、毎日仕事やプライベートで忙しいですよね。途切れずに続く日常の中で、ふっと一息ついたり、自分のために時間を使ったりするのは大切なことだと思っていて。私はそれを、「日常に読点を打つ」と呼んでいます。そんな時間を大切にしてほしいという想いを込めました。読点の打ち方は人それぞれあると思っています。「散歩をする」「
――西野さん自身が、日常に読点を打って心が癒された経験はありますか?
はい、むしろ自分の原体験があったからこそ、このコンセプトを思いつきました。入社して2年目の冬に、激務で潰れそうになってしまったんです。もともとすごくホワイトな企業ではあるのですが、ちょうどそのときは通常業務に加えて、昇級試験の時期と会社の忘年会の幹事業務が重なってしまって。
へとへとの中で、早出をしたある日。上司に論文の下書きを見てもらいダメ出しされたとき、糸がぷつんと切れるのがわかりました。涙が止まらなくなってしまい、「もう限界です」と訴え、午後は休ませてもらうことに。
突然できた余白で、リフレッシュしようと安曇野にあるお気に入りのカフェに行きました。コーヒーを飲みながら一息ついたら、自分でもびっくりするぐらい楽になったんです。ああ、私にはこの時間が必要だったんだなって。意思を持って休息を取るのは、毎日を生きる上で欠かせないと身にしみましたね。
それがいい区切りになったのか、次の日からは切り替えて会社に行けて、無事に試験をパスして、
――がんばりすぎちゃう人が多い中、すごく励まされるお話です。
だから本業と副業を並行している今でも、「自分のペースで無理をしない」を一番に心がけています。
『読点珈琲』の出店は、週末の2日間のみ。それ以外のお休みは県内のゲストハウスに泊まって、自然の中で何もしない時間を楽しみます。自分がやりたくて始めたことだからこそ、心と体のバランスをうまく取って、ちゃんと続けていきたいんです。
転職や独立だけが答えじゃない。副業だから得られたもの
――『読点珈琲』の活動を始めてよかったなあと感じることはありますか?
たくさんありますが、特に2つあります。1つは、地域に住むいろいろな方と出会えたこと。今までは会社のつながりしかありませんでしたが、『読点珈琲』には高校生から50代の方まで幅広く来ていただけます。
お店で出すクラフトコーラを作ってくれる人や、いつでも相談に乗ってくれる豆屋さんなど、この活動を通じてだれかと一緒にお仕事できる機会も増えました。自分が詳しくない領域をお願いできるので、さらにお店の活動や届けられる範囲が広がっていくんです。
もう1つは、本業への向き合い方が変わったことですね。コーヒー豆は、とにかく鮮度が大事です。仕入れにおいて、本業の調達業務経験が生きました。それに、『読点珈琲』の活動は、売上管理や今後の方針を決めるのも全て自分次第。主体的に行動する中で、本業でも「もっとこんな仕事をしてみたい」「新しい業務を学びたい」と思えるようになりました。
――本業との相乗効果があったんですね。今後の抱負は何でしょうか。
「日常に読点を打つ」という考え方や時間の使い方を、もっと広めていきたいですね。いずれは、全国各地で出店してみたいです。お店を始めてまだ半年なので、これからもバランスを取りながら活動していければと思います。
副業を始めて、私は安定志向ではあるものの、新たなチャレンジをするのも好きだと気づきました。ゼロから少しずつ『読点珈琲』を立ち上げられたので、もし今後ほかにやりたいことができてもがんばれる気がします。だから自分の好きなことに素直に、どんどん行動していきたいですね!
――とっても素敵です。最後に、新しいことに挑戦してみたい、パラキャリを始めてみたい方にエールをお願いします!
まずは、ぜひ一緒に活動できる仲間を見つけてみてください。相談してみると、手伝ってくれる人や自分の理想をすでに実現している人が意外と周りにいると気づけます。
そして、小さくてもいいからまずは始めてみる。0から1にと考えると、その一歩になかなか勇気が出ないかもしれません。でも、やりながら学んでいけばいいんです。だから、「0.5からやってみよう」くらいの気持ちで踏み出してみてほしいですね。
西野友香(にしのゆか)●メーカー勤務・旅する珈琲屋さん「読点珈琲(とうてんこーひー)」店主。1994年大阪生まれ。2017年立命館大学産業社会学部卒業。新卒で長野県のメーカーに就職。就職を機に大阪から長野県塩尻市へ移住。2020年、会社員を続けながらパラレルキャリアとして「読点珈琲」を始める。「日常の中のひと息=読点」をコンセプトに店舗を持たず、地域のイベントでポップアップ出店をしている。自身の読点は「就寝前にお香を焚くこと」「自然の中でのんびりすること」など。