振り切った派手っぷりがかわいい、大きなポンポンがついたカラフルな日傘。これ、実は同じものが2本ないというハンドメイド品なんです。つくっているのは、日傘ブランド「nuts」代表の藤村絵理香さん。元気いっぱいの藤村さんですが、かつては深刻な育児うつに悩まされていたんだとか。藤村さんが、生きづらさを抱えるスタッフを集めて日傘をつくり続けるのは、いったいなぜなのでしょうか。
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カリスマショップ店員から、夢だった専業主婦へ
――nutsの日傘、どれも個性たっぷりでかわいいですね!
ありがとうございます! 生地は布ならなんでもありで、テーブルクロスとか洋服とか、いろんなものを使ってます。大半がヨーロッパやアメリカで買い付けてきたビンテージもの。私、傘づくりの常識から外れたことをどんどんやっちゃうんですよ(笑)。異素材を組み合わせたり、大きなポンポンをいっぱいつけたり。
――独特のセンスが光る藤村さん、以前はアパレル店員をしていたと聞きました。
はい、大阪のアパレルショップで働いてました。めちゃくちゃ売り上げを伸ばして、いわゆるカリスマ店員として19歳で最年少店長(当時)になったのはいい思い出です。私には接客が向いているんやろうなあ〜と、ふんわり思うようになりました。
――結婚したのはそのころですか?
24歳で結婚して、すぐ妊娠・出産しました。結婚する1年前に仕事を辞めて、嫁入り修行して……当時はそれが普通のことだったんです。子どものころから将来の夢は「専業主婦」だったので、それが叶ってうれしかったですね。
――家事・育児をワンオペでこなすのは、大変でしたよね。
妊娠中も産んだあとも、ずっと辛かったです。私には両親がいないんですが、私を育ててくれた祖母もちょうどそのころ亡くなり、夫も仕事が忙しくて、誰も頼れなくなっちゃったんです。ママ友をつくる気にはならなかったですね。「実家」が話題にあがるたびに、辛い思いをしたので。
「子どもを抱いて飛び降りようと思った」壮絶な育児うつ
――そういう辛さを、一人で抱えるのは大変ですよね。
そうなんです。夫も、就職と同時に家庭を持ったので、大黒柱としてのプレッシャーを強く感じていたと思います。必然的に孤立しちゃって、引きこもりになりました。毎朝5〜6時まで寝付けない日々でした。子どもの「ママ〜!」って声が聞こえないように、いつもヘッドホンをつけて大音量で音楽を聴いてましたね。
子どもを抱いて、マンションの窓から飛び降りようと思ったことも何度かあります。今思い返せば完全に育児うつですが、あのころはそんな自覚はありませんでした。
――壮絶……。そんな生活がどのくらい続いたんですか?
5〜6年ですね。ある日思い立って、近所でやっていたフリーマーケットに参加したんです。いらないものを売って、お小遣い稼ぎができたらええなあという軽い気持ちでした。そこにたまたま混ざっていた、私のお手製ポーチがお客さんたちの目に止まって、「かわいい!」って評判になったんです。
それで、フリーマーケットのたびにポーチをつくって、売るようになりました。「やっぱり私、こういう仕事が向いてるんねや!」って感じてうれしくて、ここから一気に歯車が回りだしました。ポーチでお客さんを笑顔にする中で、家事や育児で感じているヘビーな問題が、どんどん薄くなっていったんです。
――藤村さん1人で始めたポーチづくりが、nutsにつながっていくわけですね。
そうなんです。ポーチづくりが楽しかったから、辛い思いをしているほかの人たちと一緒にやりたいと思って、考えた末にたどり着いた商材が「日傘」でした。
スタッフ24人はみんな「がん患者や引きこもり」
――どうして日傘だったんでしょう。
当時私が持っていたハンドメイドの日傘を、周りの子たちが「それかわいいね!」って褒めてくれることが多かったんです。かわいい日傘にはニーズがあるとわかりました。それで、友達と2人で日傘づくりをスタートしたんです。正式なnuts立ち上げに至ったのは、今から5〜6年前のことでです。
――スタッフさんも24人にまで増えたそうですね。
はい! 今では大阪を中心に、名古屋や東京、福岡、熊本でも催事をできるほどに成長しました。スタッフは全員、がん患者や引きこもり、精神的な病を抱えた人たちです。症状が落ち着いていても、再発への不安や、手術をしたことによる心許なさを抱えています。nutsは、そういう人たちの生きづらさを少しでも軽くする存在でありたい。逆に、心身が健康な人は採用しません(笑)。
お客さん1人の接客は「平均2時間かけます」
――nutsの独特の魅力ですね。いちばんこだわっているのはどんなところですか?
接客ですね。お店では、私が朝から晩まで店頭に立ちますが、接客にかける時間は、お客さん1人当たり平均2時間。「この素材はタイの市場で買ったんです」「これはアメリカのガレッジセールで見つけた生地です」って説明から、現地でのおみやげ話まで丸ごと話して、日傘のストーリーをお客さんに直接お伝えしてます。現地で買った雑貨とかTシャツも、一緒に売ってますね。
――藤村さんが接客するというのが、こだわりポイントなんですね。
日傘をお客さんの手元に届けるのは、私が直接やりたいんです。このこだわりはずっと崩しません。私は接客が天職なので、80歳までは店頭に立つって決めてます(笑)。日傘だけじゃなくて思い出話も一緒に渡すと、お客さんがすごく喜んでくれるんです。求められてるのは「UVカット率がいくつで……」みたいな商品説明ではないんやなあと、いつも思います。
――日傘というモノだけじゃなくて、ストーリーも含めて売るということですね!素敵です。
対面接客にこだわって、モノとストーリーをセットにして届けるnutsのやり方は、時代に逆行しているように見えて実は最先端のビジネスモデルなんじゃないかな。コロナ禍もあって、Amazonでいろいろ買えて便利な時代だからこそ、みんなリアルの会話に飢えてると思います。
――お客さんたちは、藤村さんとの会話を求めてnutsに来るのかもしれませんね。
地方から、泊まりがけの遠征で催事に来てくれる方もいますよ。みなさんの愛を感じますね。たくさんのモノが溢れてる時代に、モノだけを売ったらあかんと思います。うちの日傘は単価が高くて、売れ筋のものでも1本3万円近いんです。だから、日傘だけ売ることは絶対にしません。商品は日傘だけど、nutsが売ってるものは「元気」です!
――nutsの日傘を使うことで、元気が出るんでしょうか。
うちの日傘はどれも、とにかくすごく目立つようにつくってます。だから、お客さんはお友達から「それかわいいね!」「どこで買ったん?」って言われたり、さして道を歩いてたら知らない人に話しかけられたりするらしい(笑)。そうやって少し元気になれる、そんな付加価値がついている日傘です!
スタッフ同士、横のつながりはなるべく持たない
――スタッフさんにはがん患者や引きこもりの人たちが多いとのことですが、作業の分担はどうしてるんですか?
日傘のデザインやカラーリングは私がやって、つくる工程をみんなで手分けしています。そもそも病気だったり、生きる気力が削がれてしまっているスタッフばかりなので、値段以上の日傘をつくれるレベルにまで技術もメンタルも上げる必要があります。技術指導係とメンタル係がいて、新しいメンバーには1からレクチャーしています。
――働いているうちに、みなさんのメンタルも変わっていくんでしょうか。
みんな元気になったり、外出できるようになったりしますね。nutsの仕事は、納期もノルマも、わずらわしい人間関係もないんです。業務連絡は全部、私が一人ひとり宛てに個別でしてます。グループLINEはつくらないし、飲み会もしません。人間関係が苦手なメンバーが多いので、横のつながりは持たないように徹底しています。
――組織内コミュニケーションが大事!とよく言いますが、真逆のことをされてるんですね!
はい。私とスタッフ間の会話は濃密にしていて、とくにお仕事を渡すときは、担当スタッフと数時間かけてみっちり喋ります。そのスタッフがどういう状態にいるのか知っておきたいので、仕事のことから日常生活のことまでフランクに話します。
逆に、店頭に立つのは私なので、お客さんの様子をスタッフに伝えるようにしています。日傘を買ってくれたお客さんの動画や写真を見せたり、メッセージを預かったり。お客さんからの「頑張れ!」「すごいね!」という声をスタッフにそのまま届けることで、働きがいを感じてもらってます。
私自身もnutsが生きがいになった部分は大きくて、nutsがあったから今までやってこられたと思います。人が前向きに生きていくには、何かしら夢や目標が必要ですよね。
ずっと、クレイジーな日傘をつくり続けていきたい
――3人のお子さんとは、お仕事の話をしますか?
中1の娘は、nutsを継いでくれるそうです。どこまで本気かわからないけどほんまにうれしいし、そうなったらいいなあと思いますね。
――これからの目標はありますか?
来年、大阪の尼崎でサロンを出したいと思ってます。ゆっくりお茶を飲むスペースをつくって、丸一日いてもらえるような場所にしたいです。商品も、雨傘やセーター、バッグとかに広げていきたいです。
nutsって「いかれてる」「クレージー」「気が触れてる」っていう意味の英単語なんです。これからも「え、これ、日傘?」って聞かれるような、クレイジーな日傘をつくり続けていきたいです!
藤村絵理香(ふじむらえりか)●「nuts」代表。三児のママ。服飾販売に携わり、接客業の楽しさを知り、カリスマ店員と言われ