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第2子の出産を機に、助産師の道に!中島かおりさんが目指す「誰もが孤立することなく、自由に幸せに生きられる居場所づくり」

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女性の健康、幸せを支える「助産師」。妊娠・出産のときにお世話になったという方も多いのではないでしょうか? 助産師として、また特定非営利法人ピッコラーレの代表として、妊婦の相談や妊娠に悩んでいる人の居場所づくり、調査・政策提言まで手がけているのが中島かおりさんです。中島さんに、日本の女性が直面している問題について聞きました。

寄せられる相談の過半数は「妊娠したかも?」という不安

――妊娠・出産は、誰にとっても大きなライフイベントです。ピッコラーレでは、どんなサポートをされているんでしょうか?

今やっている活動は、主にこの4つです。

  1. 妊娠して戸惑う人への、相談窓口・支援
  2. 啓発や研修:2019年には『妊娠葛藤白書~にんしんSOS 東京の現場から2015-2019~』を出版
  3. 政策提言
  4. 若年妊婦のための居場所づくり

にんしんSOS東京(ピッコラーレの前進団体)は、妊娠した女性が「困った……どうしよう」と戸惑ったり、悩みを抱えたりした場合の相談の窓口として、20163月に設立されました。寄せられる相談の過半数は、妊娠がわかる前段階のものです。

とくに若年層に多いのが、「避妊に失敗した……」とか「もしかして妊娠したかもしれないんだけど、どうしよう」といった妊娠不安の相談ですね。相談者は女性に限らず、だいたい全体の16%くらいは男性からの相談です。

ーーピッコラーレ設立のきっかけはなんだったんですか?

きっかけは、2015年に助産師の田尻由貴子さんの講演会をお聞きしたことでした。田尻さんは、親が匿名で赤ちゃんを預けられる「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト:熊本市・慈恵病院)の創設に携わった方です。

「こうのとりのゆりかご」のような仕組みが東京にはないということを知って、せめて相談窓口をつくりたいと思ったんです。それでクラウドファンディングで資金を集めて、法人化してスタートしたという流れでした。当時の私は、中野区の助産院で助産師として働いていました。

第2子の出産を機に、助産師の道に!中島かおりさんが目指す「誰もが孤立することなく、自由に幸せに生きられる居場所づくり」

ピッコラーレのキービジュアル「しおだまり」。絵本作家の相野谷由紀さんによる、書き下ろしです。

出産後、34歳で大学に入り直して、助産師に

ーーまさにパラキャリですね! 中島さんは最初から、助産師としてのキャリアを歩まれたんですか?

実は、助産師になったのは、第2子の出産後なんです。私はもともと理系で、研究職として働いていました。目まぐるしく1人目の子育てをしながら、「2人目を生むなら、助産院で産みたいな」と、なんとなく思っていました。

助産師は、英語では「女性とともにいる人」という意味の“midwife”といいます。素敵ですよね。そんな助産師に見守られながら、自分が本来持っている力を発揮するような、そんな出産ができたら……と思っていました。

ーーそして実際に、第2子の妊娠・出産をされました。

第2子を産んだとき、お世話になった助産師さんに「ありがとうございました。助産師って、素敵なお仕事ですね」とひとことお礼を言ったら、「あなた、今からでもなれるわよ!」って言われて(笑)。それがすごく心に残って、その瞬間、大学に入り直して助産師になる決意をしました。

それからAO入試を受けて、合格したのが34歳のときのことでした。首都大学東京(現・東京都立大学)の健康福祉学部で4年間学び、看護師・助産師・保健師の資格を取りました。

第2子の出産を機に、助産師の道に!中島かおりさんが目指す「誰もが孤立することなく、自由に幸せに生きられる居場所づくり」

CCJAに推薦してくださった、SVP東京Vチームの皆さん。

人によって、受けられる子育て支援に差があった

――助産師の仕事と、家事や育児を両立するのは大変ですよね。

病院で働いた3年間も、助産院に移ったあとも、自分自身の子育ては家族や保育園、地域の子育て仲間にたくさん助けてもらいました。夜勤の日には、ママ友の家に子どもを泊めてもらったこともありました。PTAの子育て支援グループにも入りました。

そんな中で、10代のひとり親の方との出会いがあって。その人自身が仕事を持っているか、家族の協力があるかなど、サポートの数や量は人によって違う。たとえ思いがけない妊娠だったとしても、その人の周りにサポートがどれだけあるかによって、妊娠が困りごとになる人とならない人がいる。とてもアンフェアな世の中なんですよね。ここに、すごく気持ち悪さを感じました。

――その時の思いが、ピッコラーレの活動に結びついているんですね。2021年には、社会活動の女性リーダーを表彰するチャンピオン・オブ・チェンジ日本大賞(CCJA2021年のファイナリスト7人にも選ばれましたね。

CCJAは、日本女性リーダー育成支援事業 JWLI(Japanese Women's Leadership Initiative)の取り組みの1つです。ピッコラーレの事業資金を集めたり、組織経営をしたりするのをサポートしてくれた支援団体の方が、私を推薦してくれて、CCJAにノミネートしていただきました。

第2子の出産を機に、助産師の道に!中島かおりさんが目指す「誰もが孤立することなく、自由に幸せに生きられる居場所づくり」

ぴさらでのランチ。かわいい!

すごく刺激的だった、CCJAのファイナリスト選考

――ファイナリストになってみて、いかがでしたか?

書類選考で25人に絞られて、さらにプレゼンと面接を経て、7人のファイナリストに選んでいただきました。みなさんのプレゼン内容や最終審査の様子を、お互いに見ることもできたので、すごく刺激的でしたよ。取り組むテーマは違うように見えたとしても、みんな社会の問題から目を逸らさず、問題の本質を見つめている仲間なんだと思うと、とても励まされました。

運営の方々も、選出された25人もお互いに讃えあっていて、緊張感よりも、あたたかいコミュニティに参加できたうれしさや幸せのほうが大きかったです。また、JWLIの運営元であるフィッシュファミリー財団を創立されたフィッシュ厚子さんが「教養ある傍観者でなく、行動する女性を応援したい」とおっしゃっていて。それには、とても共感し勇気づけられました。

――ピッコラーレの活動を通して、これから実現したいのはどんなことですか?

「にんしん」がきっかけとなって、孤立することなく、誰かとの繋がりの中で、いつでもSOSを出せる、そしてそれを受け止める人がいる社会にしたいです。さらに、妊娠・出産を経ても自分のやりたいことを自分で選び取れる社会ですね。まずは、このビジョンをかなえたいです。このためには、現場の取り組みと並行して、法や制度の整備も必要だと思います。

ピッコラーレが大切にしたいのは、1人ひとりがこの妊娠をどうするのかを決められること。出産した人だけでなく中絶を経験した人の精神的・身体的サポートも同じように大切にしたい。また、家が安心できず、居場所を転々とせざるをえない妊婦を受け入れる場所として、豊島区に「ぴさら」というホームを作りました。

――最後に、忙しい毎日でも「これだけは守っている!」というマイルールはありますか?

私にとって大事なのは「自由」です! 誰かに何か指図されるのがダメなタイプで(笑)、小さなことでも自分で決めるということを大事にしています。夫とは、「お互い人生は一度きりだから自分の時間をどう使うかは自分で決めよう」と、合言葉のように言いあってます!

中島かおり(なかじまかおり)●NPO法人ピッコラーレ 代表理事。第2子の出産をきっかけに助産師を目指し、その後病院や助産院で助産師として働く。女性の隣で、その力を信じ支える助産師でありたいと地域でも活動する傍ら、特定非営利活動法人ピッコラーレ(旧:一般社団法人にんしん SOS 東京)の運営に代表として携わる。著書に『漂流女子』朝日新聞出版(2017年)がある。内閣府「性暴力に関するSNS相談マニュアル作成に係る検討会」委員、内閣官房「こども政策の推進に係る有識者会議」臨時構成員(2021年)。

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小野アムスデン道子
Writer 小野アムスデン道子

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