聴覚障害児や、その親の支援をしているデフサポ。この代表取締役を務めるのが、牧野友香子さんです。ソニーの人事部を経て、デフサポを起業した牧野さん、実は自身は生まれつきの重度難聴、長女も50万人に1人といわれる骨の難病と闘っています。日本ではまだそう多くない「難聴児教育」事業を手がけるに至った思いを聞きました。
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バリバリ働かせてくれるソニーは、居心地がよかった
――デフサポでは今、どんな事業をやっているんでしょうか。
事業の柱は3つあって、「難聴児への教育」「障害者の就職支援コンサルティング」「聴覚障害の啓発事業」です。聴覚障害に限らず、障害がタブー視されない世の中にするために、まずは広く正しく知ってもらうことが大事だと思います。
――デフサポのユーザーさんからは、どんな声がありますか?
デフサポで少し大きな難聴児の話を聞いて、不安がなくなったという声は多いです。また「難聴児の子どもと会話が成り立つようになって、かわいい!」「手探り状態でしたが、デフサポで療育をやってきて本当によかった!」と言われると、やりがいを感じますね。
――牧野さんは神戸大学を卒業後、まずソニーに就職されました。
2011年、ソニーに一般採用枠で入社。途中で2度の産休・育休を挟み、合計7年間ソニーで働きました。企業には「一般採用」と「障害者採用」の2枠がありますが、どちらの枠でも仕事内容は同じという企業もあれば、仕事内容や給与形態が違う企業もあります。
私は社会や人から求められたいという気持ちが大きくて。障害と関係なく自分の力を発揮できる仕事に就き、頑張って成果も出したいと意気込んでいた一方で、どの会社ならそれができるのか、大学生には判別がつかず迷っていました。この点は今でも、ブラックボックスになっていると思います。
迷いつついろいろな企業を受ける中で、ソニーは「障害は関係なく、バリバリ仕事してもらいます!」と言ってくれて。それがとても心地いいと思い、入社を決めました。
――そして、配属されたのが人事部門だったんですね。
入社時点で人事部を希望しました。個性のある社員の方々と関われるような仕事をしたいと思ったんです。でも実際に配属されたのは、人事部でも毎日PCとにらめっこして、数字を追いかける仕事でした。
入社前の想像とあまりにギャップが大きくて、最初は悩みました。数字を扱うのはあんまり好きじゃないですし(笑)。でも、当時私をそこに配属してくれた上司が、「牧野さんは労務の仕事をしっかり知って、会社の全体を見られるようにしてほしい。そうすれば、例えソニーを辞めたって生きていけるから」と言ってくれて。その瞬間すべてのモヤモヤが晴れ、感謝の気持ちに変わりました。
また、LGBTQの社員から要望を受けて、同性の結婚にも結婚休暇を認めるよう企画を立てたのも、印象深い仕事でした。
情報があふれる時代なのに、有益な情報は少ない違和感
――ソニーで充実した毎日を送りながら、デフサポを立ち上げたのはなぜですか?
きっかけは、2014年に生まれた第1子が、50万人に1人の難病を持っているとわかったことです。出産後すぐに病気を宣告され、ただでさえ初めての育児なのに将来が見えなくて、とにかく毎日不安でした。一般的な子は1歳くらいで歩き始めるけど、うちの子はどうだろうとか、保育園にいけるのかなとか……。
とりあえず情報収集しようとweb検索しても、有益な情報があまりなく、ただ不安が煽られるばかり。その繰り返しでしたね。これだけ大量の情報があふれている時代なのに、なぜ? と疑問にも思いました。それで、気になって聴覚障害について調べてみたら、聴覚障害の情報も全然なかったんです。私のように毎日を楽しんでいる人もいるんだと知ってほしいと思って、聴覚障害についての情報発信をしよう! と考え、ブログを書き始めたのが最初です。
まずは、たくさんの難聴児家族にお話を聞きました。その結果わかったのが、「言葉をどうやって教えたらいいかわからない」「難聴児のサポートのために共働きができないから仕事を辞めなきゃいけず、経済的に不安」といった、親の本音です。
――ヒアリングしたことで、難聴児家族の本音が見えてきたんですね。
はい。今は、生後3日で難聴の検査をします。いきなり「あなたの子は難聴です」と宣告されたら、誰だってショックですよね。育てる自信をなくしてしまうのも無理はありません。特に地方だと、病院も、療育も、親が働けるかどうかも、選択肢が少ない状態。ハッとさせられました。
そこから活動を広げて、言葉を教えるための教材づくりや親への支援活動なども始めました。私は自分が難聴だから、難聴児の側の気持ちもわかるんです。ちょっとスポーツをやってみたいだけなのに、親に過剰に心配されて、やりにくいとか(笑)。そして自分の子どもが難病なので、障害児を持った親の気持ちもわかる。どちらの立場にも立てるのはよかったです。
ソニーの正社員という「ド安定」を手放した
――そうしてデフサポの活動をしながら、ソニーに復職されました。
会社を辞めようと思う頃にはソニーで副業が解禁されたんですが、デフサポの立ち上げが大変すぎて、副業レベルではできませんでした。デフサポをメインに、ソニーを副業にしたかったけど(笑)、それはさすがに認められず。とても好きな会社でしたから悩みに悩みましたが、退職・独立を決めました。
――ソニーは誰もが知る、日本有数の大企業です。正社員の立場を手放すことに不安はありませんでしたか?
子どもが2人いるのに、いわゆる「安定」を手放していいのかな? とは考えました。ただ、夫が強めに背中を押してくれました(笑)。ユカコは起業に向いてるから、早くやりなよ! って。
NPOや一般社団法人にする手もありましたが、「重度難聴の私でも、お金を稼ぐことはできる。未来の選択肢はいっぱいある!」ということを示したく、株式会社にしました。
身体障害者は、実は経営者に向いていると思う
――独立して、働き方は変わりましたか?
いい方に変わりました! 仕事を自分の好きに組み立てられるので、楽なんです。テキストがあればまずもらうとか、電話対応はほかのメンバーにお願いしちゃうとか。障害者ほど、サラリーマンよりも経営者に向いているんじゃないかと思います。すべての責任が私について回る分、決定権もあって、やりたいことにすぐ挑戦できるのもストレスフリーですね。
――逆に、大変なこと、苦労することはありますか?
イベントでもSNSでも、ユーザーさんからの反応がダイレクトに返ってくるので、楽しくもあり怖くもあります。「とにかく私がやらなきゃ!」という思いで、根性や度胸は身につきましたね(笑)。
熱意を持ったメンバーの少数精鋭でやっていますが、最初のころは、経営の基本から仕事の割り振り方まですべてがわかりませんでした。全部を自分で回そうとしてキャパオーバーしたり、大学生のインターンを受け入れてみたら逆に仕事が増えたりしたこともありました。
――SNS活用もされています。YouTube「デフサポちゃんねる」は、チャンネル登録者数10.6万人とすごいですね! ご夫婦での出演回がとくに面白くて、一気見しました。
ありがとうございます。ユルく始めてみたら、意外とバズって(笑)。登録者数は、3カ月で1万人を超えました。これから、デジタルネイティブ世代がどんどん親になっていくので、SNS活用は大事ですよね。Twitterやインスタもスタートしています!
「チャンピオン・オブ・チェンジ日本大賞」2021年大賞受賞
――牧野さんは、JWLIが主催する「チャンピオン・オブ・チェンジ日本大賞」で2021年大賞を受賞されました。
何も知らないうちに、知人から推薦されていました(笑)。聴覚障害をもつ、しかも2児の母でもある女性が、日本で独立して経営者になった例はたしかに珍しいかもですね。私個人にスポットを当てていただくことで、すべての人生には無限の可能性があると知ってもらえて、とてもうれしいです。
――JWLIの方々と交流はありますか?
私は2021年から参加している初心者ですが、みなさんとつながっています。JWLIは「あたたかい仲間たち」。フィッシュ・ファミリー財団の厚子さんを始め、いろんな活動をしている方々がいて刺激的です。私ってまだまだだなあと客観的になれますね。
若い人から大先輩までいますが、みなさん地道に、草の根活動を着実にやっているなという印象です。ぱっと見はキラキラ華やかに見えても、裏ではかなりの努力や苦労をされています。
――今後、デフサポをどう育てていきますか?
デフサポを、難聴児とその家族みんなの居場所にしたいです。誰でも当たり前に、質のいい療育の場にアクセスできるようになることが大事。療育も正解はなく、さまざまなやり方や考え方があるので、それを知らないと選択肢が狭まってしまいます。他のやり方もあったんだ、って後から知るのはもったいないですよね。聴覚障害や難聴児教育について、もっとたくさん情報発信をしていきたいです!
牧野友香子(まきのゆかこ)●生まれつき重度の聴覚障害があり、読唇術で相手の言うことを理解する。地域の学校に通い神戸大学に進学、一般採用でソニー株式会社に入社。第1子に50万人に1人の難病があり、育児中にさまざまな選択肢の少なさを経験したことをきっかけに、株式会社デフサポを立ち上げ、聴覚障害児の親への情報提供、ことばの教育を実施。またより多くの人に難聴を知ってほしいとYouTube 「デフサポちゃんねる」(10万人登録)を始める。
【ご案内】チャンピオン・オブ・チェンジ日本大賞2022 開催
社会課題の解決に挑戦する女性リーダーに光を当てる「チャンピオン・オブ・チェンジ日本大賞2022」開催決定! 2006年より日本の女性のエンパワメントに取り組んできた、米国ボストン拠点のフィッシュファミリー財団の主催する「チャンピオン・オブ・チェンジ日本大賞」(CCJA: Champion of Change Japan Award)は、女性のちからで誰もが安心して、平等に暮らせる豊かな社会をめざし、勇気を持って行動を起こす「草の根の女性リーダー」を讃える賞です。
新型コロナウイルスやロシアによる軍事侵攻など、刻々と変化する世界では、これまで以上に様々な社会課題が浮き彫りになっています。こうした危機を乗り越え、果敢に草の根で社会の課題に取り組む女性たちを、みなさんから寄せられた推薦をもとに選出し、その活動を称え、エールを送ります。
ぜひ、皆様のまわりの社会課題の解決に挑戦する女性リーダーをご推薦ください!
- 推薦応募期間:2022年7月1日〜7月31日(日)23:59締め切り
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