リコーといえば、コピー機やカメラを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。2022年の3月に日本国内でオンラインストアを開設した「RANGORIE(ランゴリー)」は、リコー発のアパレルブランド。インドの伝統柄をあしらったデザインと極上の肌触りが特徴的な下着やヨガウェアです。これらは生産もインドで行われており、インド農村部の女性の雇用創出と地位向上もコンセプトにした取り組みです。リコー社内の新規事業プログラムで「RANGORIE(ランゴリー)」を生み出した綿石早希さんに話を聞きました。
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インドの下着業界が抱えていた課題
――2022年11月に発表された「ジャイプール」は、柄がとてもきれいですね。インドでアパレルを創業しようと思われたきっかけはなんだったんでしょうか?
ありがとうございます。ピンクシティとも呼ばれる美しい世界遺産都市「ジャイプール」からインスピレーションを得たコレクションで、ジャンポール・ゴルチエやKENZOでデザイナーをされていた種井小百合さんによるオリジナルデザインなんです。9月から本格的にインドのビハール州にある工房でも生産を開始し、今後はビハール製の製品を、日本国内のほか、インドでも販売していく予定です。
私が、リコーでソフトエンジニアとして働いていたときに、ブランドのもう一人の創業メンバーである江副亮子さんのパートナーと同僚だったんです。彼がアメリカに出向していて、江副さんはリコーを退職して帯同していたのですが、私もリコーアメリカに異動していたため、親しくなりました。
江副さんは、以前、インドのBOP(Base of the Pyramid:下流から中流階層)ビジネスの社会課題を解決するために、ビハール州に派遣された経験があり「男性は出稼ぎに行って女性が村に残されているのに仕事がない」「民族衣装は華やかできれいなのに下着がサイズもなくてよくない」「下着を買いに行ったら、男性が下着を売っている」と、いろんな問題を目の当たりにしていたんです。そのときに「インドの女性に自分たちで起業してもらって、下着のフランチャイジーを作って、リコーが物流をまとめればよいのでは?」というアイデアを持っていたそうです。
それでちょうど2人とも帰国したタイミングで、社内で起業支援の新規事業チャレンジプログラムが始まったんです。江副さんからインドへの思いを聞いていたのと、私も男女の役割分担をはじめとした古い価値観から自分を解放するような仕事をしたいと思っていたときだったので、このプロジェクトに挑戦しようと思いました。
インドの伝統衣装を普段使いに
――リコーがそんな社会課題の解決やまったく分野が異なるような事業への取り組みを応援されるのには驚きました。
リコーはコピー機やカメラで有名ですが、実は様々な事業を多角的にやっている企業でもあります。創業者の市村清は、理研光学工業という感光紙の会社からリコーを創業していますが、「人を愛し、国を愛し、勤めを愛す」の三愛の精神から、水着で有名な三愛商事(現・三愛)も設立しました。銀座4丁目にある三愛ドリームセンターは、市村が建てたビルです。これからは働く女性が増えるだろうから、良家の子女が欲しいものをリサーチしようと女子トイレでの立ち話を社員がメモをとったという逸話もあります。そのほかにも明治神宮記念館もグループが経営していたりと、幅が広いんです。市村の創業理念は「世の中に役に立つものをつくれば自ずと収益はついてくる」で、これが今も全社の経営目標なんです。
――そんな創業の精神あっての社会課題への取り組みだったのですね。しかし、コンペで採択されてから事業化までは大変だったのでは?
はい。まずは、インドで起業してもらうパートナー探しから始まりました。他国のNGO(非政府国際組織)にも話をもちかけたのですが、結局は現地インドのビハール州農村部にあり、職業訓練校もやっていて信頼のおけるNGO「DRISITEE(ドリシテ)」に決まりました。現地で起業して、製造や販売をしてもらうためにも現地のNGOと組むことは自然な流れでした。
そこで、インドの女性は、どんな下着を着るのか、どんな買い方をしているかを調査しに行ってみると「皆あまり試着せずに買っているので通販でもいけそうだ」とか「カップサイズやアンダーバストなど、日本ほど細かくサイズを決めなくても大丈夫」といったことがわかりました。ですが、商品を実際に作り上げる際にはサンプルを作ってからニーズに合うか確認をしたいという気持ちがあり、まずはサンプルを日本で作ることにしたんです。サンプルで検証してから生産を始めようとなったところで、コロナ禍に突入してしまいました。
――それで、先に日本で作ることになったんですね。インドで売ろうとしていたものを日本向けにするにはどんな工夫があったんですか?
インドの人がサリーの下に着るインナー・「チョリ」の柄がかわいくて、これをTシャツのように見せて着るためには、どんな形がいいのかを、まず考えました。
そのために2021年3月にクラウドファンディングを立ち上げ、そこで、下着とヨガウェアだとどちらの返礼を希望する人が多いのかを検証してみたんです。すると、ヨガウェアのほうが人気だったんです。なので、ヨガウェアブランドとして、RANGORIE(ランゴリー)を立ち上げることになりました。
目標は、リコーとしての事業化
――ご自身もメンバーの方も、自分の部署の仕事をしながら、新規事業を立ち上げるというのは大変だったんではないでしょうか?
リコーでは、この新規事業プロジェクトが立ちあがった年に社内副業の仕組みもできたんです。これは、本人がやりたい仕事があったら、相手先と自分の上司が合意をすれば、20%は手伝ってもいいというもの。5日間のうち1日という配分ですね。その仕組みで、メンバーには社内副業で手伝ってもらい、2019年に新規事業としてスタートして、2022年3月にまずは日本国内で作ったウェアを国内で売り始めました。
2021年の12月からは、やっとインドのビジネスビザもおりやすくなってきたので、2022年1月からは伝統織物の工場もあるビハール州のアマイラで工房の立ち上げもスタートしました。今は、徐々にインド製を増やしているという段階です。
このアマイラの工房はRANGORIE(ランゴリー)と、インドのNGO「DRISITEE(ドリシテ)」の縫製学校の卒業生らのグループによる共同事業です。インドでは何世代かが一緒に住んでいることが多いので、アマイラ工房も10代から40代まで幅広い年齢層の女性で構成されているんですよ。
――今後は商品をインドでも売るわけですね。ゴールとしてはどんなところを目指されていますか?
現在のランゴリーの商品は、日本市場向けです。本来、ヨガウェアはインドではもっと日常に溶け込んでいるものなんです。今は、インドで作ってインドで売れる商品を検証しているところですが、インド以外にアメリカからも引き合いが来たりもしています。
リコーの新規事業は、2年間で単月黒字にならないといけなくて、それを到達できないと継続性がないと判断されます。自分の給料を稼ぎ出すための経済的価値と社会的価値の両方を生み出さないといけません。出口はリコーとして事業化することにあります。
――社会的価値はもちろん、アパレルとしてもとても上質なので、背景を知らなくても買いたい人は多いと思います。ヨガウェアとしても、ブラトップなどとても着心地がよくて、デザインも素敵ですね。
ありがとうございます。クラウドファンディングで作り始めた第1弾以降は毎回、テーマを決めて作っています。第2弾はインドの「ケーララ」がテーマで、アーユルヴェーダリトリートに出かけるときに持っていく服がイメージでした。リゾートウェアのように、旅先でさっと羽織れるドレスやヨガウェアでありながら外でも着られるようなサルエルパンツも人気です。第3弾は古いものと新しいもの、多様性のある「ムンバイ」で、新しい柄を取り入れました。
第4弾でリリースした「ジャイプール」は、スモーキーなピンク色の城壁の美しい街がイメージ。イスラムの影響であるモザイクとヒンドゥーの影響を受けた独自の文化が育ち、手作業で作られる木版のブロックプリントやブルーポッタリーという青い陶器など工芸品やジュエリーも有名な街にインスパイアされています。
商品ラインナップでは、インドで着たいと言われたものに近い「チョリトップス」やインドのドーティーという男性用衣装から着想を得た、横があいている涼しげな「ラップヨガパンツ」、さらに今回はお客様からお腹の隠れるようなトップスが欲しいという要望を受けて、ブラと長めトップスの2種類を作りました。
スポーツブラには珍しく内側に綿を使用しているので肌触りがいいんです。レギンスは、ホットヨガをしても身体に貼り着きにくい素材と、柄が入っているので身体のラインもわかりにくいんですよ。私もヨガをするのですがとても着心地がよいので、ぜひ手にとって確かめていただければと思います。
綿石早希(わたいし さき)●1985年 愛知県生まれ。2020年3月カナダ マギル大学経営大学院修了。保守的な家庭に育ち、性別による固定的な役割分担に疑問を持つようになる。2009年株式会社リコーへ画像認識エンジニアとして入社。アメリカ駐在を経て、新規商材・新規事業の立ち上げに携わる。2019年度リコー新規事業プログラムTRIBUSにインドでの下着生産販売事業RANGORIE(ランゴリー)を企画・応募し、採択され、事業化に向けて活動中。