2023年8月に行われた、「女性のライフステージとリスキリング」をテーマに据えたリアルイベント。女性が生き生き働き続けるためのサポートをしている田中美和さんと、「デジタルリスキリング入門」を出版したばかりのタカハシノリアキさんが対談を行いました。「働くこと」を考え続けてきた2人が語る、リスキリングの第一歩の踏み出し方とは?
田中美和(たなかみわ)さん:株式会社Waris共同代表/国家資格キャリアコンサルタント
タカハシノリアキさん:一般社団法人ノンプログラマー協会 代表理事。コミュニティ「ノンプログラマーのためのスキルアップ研究会」主宰
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「学習習慣がないこと、組織が変われないこと」が日本の課題
ーーお2人が、今のキャリアにたどり着いた経緯を教えてください。
タカハシ 僕は大学卒業後サックスプレイヤーをしていたんですが、親の勧めで30歳の時にサラリーマンになりました。ただ、就職先がいわゆるブラック企業で。真面目に生きてきたのに、どうして酷い目に遭うのかと途方に暮れました(笑)。特別なスキルもない僕がどうやって生きていこうか……と考えた末に出会ったのが、プログラミングだったんです。
プログラミングを使えば、みんなが毎日夜遅くまでガミガミ怒られながらやっている作業が、一瞬で正確に終わります。エンジニアやプログラマーではない人も含め、みんながこの素晴らしさを知れば、人生の選択肢が増えるんじゃないかと考えたのが始まりです。今ではプログラミングやリスキリングについての書籍を出版したり、「ノンプロ研」を運営したりしています。
田中 私は20~30代のころ、「日経ウーマン」という雑誌の記者をしていました。働く女性たちに取材すると、「いつまで仕事を続けられるかな?」「子どもを産んだら、キャリアは諦めなきゃダメ?」と悩んでいる人が多くて。女性の、キャリアに関する悩みを解決したいと考え、会社を辞めて、フリーランスになりました。
いざ独立してみると、フリーランスの自由さがすごく私に合っていました。この働き方がもっと一般的になれば、女性の生き方の選択肢が広がるんじゃないかと考えて、仲間と一緒にWarisを立ち上げました。今はフリーランスとして働きたい女性と仕事のマッチングや、一度離職した方々の復帰支援などをやっています。
ーー「働く」の現場に関わり続けているお2人。今、課題はどんなところにあると思いますか?
タカハシ 何より、学習習慣のある人が少ないことです。半数以上が「社外学習や自己啓発を何も行っていない」というデータもあり※、これは諸外国と比べても突出した多さです。その裏には、「学ぶこと自体の難しさ」と「組織が変わる難しさ」の2つがあります。ビジネススキルを身につける方法は学校の勉強とまったく違うので、続けるのが難しいんです。※パーソル総合研究所「グローバル就業実態・成長意識調査」2022年
もう1つ、「組織の変わらなさ」も学ぶハードルを上げています。現場の社員が1人でスキルを身に付けても、実務に生かすには上司を説得したり組織で根回ししたりといった手続きが必要で、結果的に「学ぶってめんどくさい、やらない方が楽だな」となってしまいます。田中さんはどう思いますか?
田中 私がずっと感じているのは、「業務の属人化」です。日本企業はメンバーを固定しがちなので、既存のやり方が凝り固まってしまいます。これを解消する意味でも、フリーランスの活用は効果的です。業務の一部をフリーランスに依頼する時、業務の棚卸し、分解、切り出し、整理という作業が必要になるので。
タカハシ フリーランスの方に入っていただいたり、逆に社内の人間が他社の仕事に関わったりすることが、業務改善にもなりますよね。
リスキリングは「スキルの使い場所」を考えるのが第一歩
ーー学び直し、いわゆる「リスキリング」に関わっていらっしゃるところもお2人の共通点です。世の中での動きをどう見ていますか?
タカハシ リスキリングが注目されていることはすばらしいのですが、働く人々の幸福度が上がり、経営に資する効果が生まれるレベルには至っていないように見えます。大企業にはリスキリングを推進している例もありますが、零細・中小企業ではまだ進んでいません。
田中 「リスキリングの費用を誰が負担するのか?問題」は深刻です。Warisでは学びから就労までを一気通貫で支援するリスキリングプログラムをご提供しているのですが、参加者は30~40代の女性が中心です。離職中の方や非正規雇用の方、零細・中小企業に勤める方も多く、皆さん「自分で(リスキリングの費用を)出すしかない」と言います。大企業の正社員とは、かなり環境の差があります。
タカハシ 実は、大金をはたかなくてもやれることはたくさんあります。職場の同僚に「一緒にプログラミングをやってみない?」と声をかければ、それがリスキリングのスタート。業務の中に課題を見つけて「どうしたら解決できるかな?」と調べるのも立派な学びでしょう。
また、リスキリングの目的を明らかにしないまま、やみくもにプログラムを消化しているケースもあります。例えば全社員向けに「DX人材育成プログラム」をやっても、参加者は職種も立場も年齢も多種多様。みなさん、学んだことを自分の仕事にどう生かせるのかイメージできず、ぼんやり参加することになりかねません。
ーーそうした課題を、どう乗り越えればいいのでしょうか?
タカハシ 事前に「学んだ内容を、仕事にこうやって生かそう」とゴール設定してから取り組むことですね。それをするかしないかでは、結果が大きく変わります。リスキリングは「学習」と「実践」の両輪が必要ですが、実践はどうも忘れられがちです。
田中 実践を繰り返すことで達成感も得られますよね。これだけ変化の激しい時代ですから、習得したスキルもいずれは陳腐化していきます。だから、その時の自分に合った学びを取り入れて、アップデートしていくことが大事だと思います。
「何を学ぶか」ではなく「何が必要か」を最初に考えよう
ーーリスキリングが気になるものの「何を学んだらいいのかわからない」という方も多いようです。
タカハシ 誤解されやすいのですが本来は順番が逆で、「何を学ぶか?」よりも前に、自分の生活や仕事に「何が必要か?」があるべきです。生活全体を見渡して課題を見つけ、それを解消するために必要なことを学ぶ。つまり、まずは自分の毎日を振り返る時間が必要ではないかと思います。
田中 例えば自分のライフスタイルに「リモート中心で働きたい」とか「家族みんなで夕飯を食べたい」といった優先事項があるといいですね。それを実現するにはどういうスキルが必要か。こう考えると、学ぶモチベーションも維持していけそうです。
タカハシ ノンプロ研の男性メンバーでも、子どもが生まれて「もっと育児に参加する時間がほしい」と思ったことをきっかけにプログラミングを学びはじめ、単純作業を自動化していったという方がいます。
コミュニティだからこそ「私もみんなの役に立てる!」と実感できる
田中 ロールモデルを持つのも、リスキリングを始めるきっかけになると思います。例えば「この人みたいなキャリア、素敵だな」と思ったとき、その人がどういうスキルをどうやって身につけてきたのか知ると、リスキリングのヒントになりそうです。ノンプロ研では、この効果も生まれているんじゃないでしょうか。
タカハシ ありますね。面白いのが、ノンプロ研に入ってくる時はみなさんびくびくしているんです(笑)。「初心者なので、お手柔らかにお願いします……」とおっしゃいますが、少し活動しているうちに気にしなくなります。それは、スキルのレベルはその人を表す1つの指標に過ぎないと気づくから。
例えばプログラミングのスキルが10点の人でも、コーチングのスキルがあれば、その力を使って周りに貢献できます。意外と簡単にgiveの交換ができて、役に立てるポジションが見つかるんですね。ノンプロ研の運営では、なるべく多くの方にそれを実感してもらえるような仕組み作りをしています。
ーー学んだことを仕事に生かせる人と生かせない人がいます。その違いはどこにあるんでしょうか?
タカハシ 他の人から言われてなんとなくやっている場合や、成功体験を感じられていない場合はなかなかうまくいきません。「勉強してみたけど結局意味がなかった」と感じれば、逆効果になってしまいます。
ただ、成功の基準はいろいろあると思います。例えばプログラミングは、必ずしも「立派なプログラムを組めるようになる=成功」ではありません。「いざ学んでみたらこんな辛いことがあった」「工夫をしたけどうまくいかなかった」という体験談を語るだけでも、周りの人には参考になるでしょう。
田中 Warisでも、みんなの前で講師に積極的に質問する人は結果が出やすいように思います。質問すると、周りにとっても学びになりますから。それから、マインドも大事。過去のやり方や考え方に固執せず、軽やかに手放していく姿勢があるといいですね。
タカハシ Warisさんでは、リスキリングを通してキャリアチェンジした方もいらっしゃるとか。フォロー体制も作っているんですか?
田中 キャリアカウンセラーをつけて、スムーズに新しい仕事と出合えるようサポートしています。また、受講生同士がつながり続ける環境を作っています。学ぶって孤独なことなので、みんなで一緒に支え合えたらと……。
タカハシ これぞコミュニティの力ですね。ノンプロ研では、受講生として参加した方がしっかり実力をつけたら、教える方にスイッチできる仕組みになっています。キーワードは「教えることは二度学ぶこと」。教えることでたくさんの学びを得られるので、報酬以外にもたくさんの得があります。これが、参加者のみなさんの居心地のよさにつながっていたらいいなと思います。