「世界で最も美しい駅に選ばれた金沢駅で2023年初めて開催された「金澤コーヒーフェスティバル」の仕掛け人でもある松下秋裕さん。運営するホテル「Linnas Kanazawa」は、広々したシェアキッチンやワークにも利用しやすいゆったりしたゲストラウンジがあり、ワーケションに利用する人同士で繋がりができることも。新鮮な視点をくれるローカルコミュティの面白さを松下さんに聞きました。
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ホテル運営というより人の暮らしを豊かにする場づくり
――「LinnasKanazawa」(以下Linnas)は、シェアキッチンでコーヒーを淹れる人同士で話が弾んだりユニークなホテルですね。
単にホテルを運営するのではなく「”場づくり”や”まちづくり”を通じて人々の豊かな営みをデザインする」というミッションを大事にしています。宿泊機能のあるホテルはそのための手段。ほかの場所から金沢に来た人が、「Linnas」での出会いでさらなる営みに繋がるとか「何かが起こる場」になることを重要視しています。
最近は「コミュニティ・ドリブン・ホテル」という言い方をしています。ホテルをコンセプトや場所の魅力だけではなく、コミュニティとして全体を1つの魅力にしていくということで、街に対しても何かできればと考えています。例えば、2023年に初開催する「金澤コーヒーフェスティバル」というイベントなどもそうですが、街のプレイヤーと街の文脈に合ったプロジェクトをホテルの中だけでなくやっていけば、それ全体が魅力になるんですね。
以前に、エストニアに留学していたのですが、そのときに訪れた北欧の国々と金沢は、冬になると暗くて寒い気候や空気感など雰囲気が似ているんです。地元の人は、こうした点をネガティブに考えがちですが、そこをポジティブに転換したいと思って、北欧のデンマーク語で満ち足りた、居心地のよい「暮らしの幸せ」を意味する「HYGGE(ヒュッゲ)」をホテルコンセプトにしました。
――「Linnas」は、そのコンセプトのためにどんな風に変えたのですか?
もともと美容専門学校だった場所を利用しているので、スクールチェアなどのインテリアも学校っぽい雰囲気を残しています。その後にホステルとして運営されていたところを2020年12月末に引き継いで、4ヶ月でシェアキッチンを作ったり、ウェルネスのためにサウナを入れたりといったリニューアルをして2021年4月にオープンしました。
引き継ぐ以前のホステル時代は、外国人も多い施設だったのですが、コロナで海外からの渡航客はほぼゼロになってしまったんです。そこで、ゲストのターゲットを関東や関西の20〜30代の人たちに変更しました。都会で閉塞感を感じている人たちに、息抜きや気分転換のために中長期で泊まってもらおうと思ったんです。少ない人数でも長く滞在してもらうホテルに変換したわけです。
リズムを整えるのに自炊したいという要望もありましたし、近江市場が近いという土地柄を生かすこともできたので、施設内にはシェアキッチンを作りました。食べることは、自分を整えるための基本です。キッチンがあれば自分の身体にフィットするものを作れます。また、単身のゲストも多いので一緒に食事を囲めるというのもいいですね。「ちょっと多めに作ったので一緒にどうぞ」というのもヒュッゲだなと。
デンマークでは「市民食堂(フェッレスピースニン)」という、教会などを利用して、知らない人と一緒に食事を囲むコミュニティーディナーが注目されています。「Linnas」でも月に1回、イベントとしてこの市民食堂を開催しています。地元でいろいろ活動をしているプレイヤーたちのコミュニティがあって、その人たちがゲストと一緒に食事したり、抽選で一緒のテーブルになる人を決めるような偶発的な食事会もあります。流しそうめんをするからみんなで具材を持ち合って集まろうとか。今は、海外から来るインバウンドの人も増えてきたので交流にもなります。
生きるためのコストが低い分、余裕が生まれる
――ゲストが地元の人たちと出会える場にもなるし、いろいろと新しいアイデアなども生まれそうでいいですね。
そのコミュニティメンバーがslackで話しあっていたことがプロジェクトになることもあるんです。「金澤コーヒーフェスティバル」もそうですね。東茶屋街にある人気のロースタリーの人と僕と、一緒にクリエイティブの会社をしている人の3人で「金沢を日本一のコーヒーの街にしよう」と言い出したことから始まって、ボランティアも40人近く集まり、2日間で5000人が来場するイベントになりました。
――そのコミュニティメンバーはどういう人たちですか?男女比などは?
コミュニティメンバーは33人ほどですが、女性の方が圧倒的に多く、男性は10人のみです。「Linnas」のゲストも女性の方がやや多いです。地元金沢の方が多く、ヨガの先生、元ローカルタレント、モノづくりをしているとか、クリエイター気質の人が多いですね。東京の人から見て、ローカルにいてクリエイター気質にあふれた人たちとの出会いは新鮮だと思います。
一棟貸しの宿運営をしながらビデオグラファーもして、本業が落ち着いている時は全国からSNS発信の仕事を受けている人とか、本気でトレーニングをしてSNSでは筋肉系の発信をしているけど仕事はパティストリーシェフだとか。なかには、東京でワインのインポーターをしているけど、「Linnas」に通ううちに金沢に拠点を持つようになった人とか。ひとところで稼ぎながら、残りの時間をたっぷりと趣味やほかの仕事にかけるというようなパラレルキャリアを楽しんでいる人も多いですね。
地方都市のいいところだと思うのですが、金沢は住宅価格や生活にかけるコストが低くて済むんですね。それでいて、公共のサービスで常にアートや芸術などは充実しています。生きるためのコストが低い分、余裕があるので、さまざまなことに取り組んで自分らしく生きることができるように思います。
コロナ禍に“逆張り”でスタートしたホテル業
――松下さん自身がそんな金沢の魅力に気づいたきっかけは?
金沢へは、2017年に、前のホテル運営の会社に勤めていたときに出張で来たのが初めてでした。そのとき、それまでは東京か海外以外には住めないと思っていたのに、ここは意外といけるなと思ったんですね。しかも、文化が豊かで、出会う人出会う人が職人やアーティストなど肩書きのジャンルが東京とまったく違うんですよ。そんな文化の深さに引かれました。当初は月1で1週間、3年間ほど通っていて、ここでなら暮らせるという思いが強くなっていました。そうこうしているうちにコロナ禍で緊急事態宣言が出たんです。もう東京を出ようと思い立ち、誰も乗っていない新幹線に1人で乗って金沢に来て、知り合いが運営している古民家に住み始めました。
それで、リモートワークをしていたのですが、そこを運営していた会社が金沢から撤退するということになって、それはもったいないなと思って、自分が引き継いだのが「Linnas」なんです。2020年、コロナでホテルは無理だよなと思われているところに突っ込むという逆張りです。9月に結婚して、10月に正式に移住、11月には起業しました。
――パートナーの方に金沢移住は驚かれませんでしたか?
実は、妻は金沢の人で先に起業していたんですよ。実は、妻は以前にパラナビでも取材していただいたことがあるんです。だから金沢で起業することも応援してくれました。また、3年間通っている間に同世代の友人もできていたのが大きかったですね。「何かあったらなんでも言ってよ」という人が何人かいてくれたことは、一歩踏み出す大きな力になりました。
ただ自分は、みんなが思う“移住”というほど重い決断をしたわけではないと思っているんです。例えば、東京から大宮に引越ししても移住とは言わないですよね。それと同じで、金沢はちょっと遠いかなというぐらいの感覚ですね。あと、子どもができたら妻の実家が近いことはとてもいいことですし、金沢市の行政の子ども支援についても一通り調べたうえで、東京で子育てするより魅力的だなと考えました。あの金沢21世紀美術館の中に一時保育施設があって、生後3ヶ月から預けられるんですよ。そんなところで育ったら、文化的素養が高くなりそうですよね(笑)。
――ローカルでのコミュニティを醸成するという松下さんの次なる目標は?
「Linnas」がある街は面白いというような展開を全国で、そしてその先は世界でできればと考えています。「東京に拠点があれば、都市部の人とローカルの街のコミュニティとの接点が作れる」という思いもあって、ホテルではありませんが日本橋の小伝馬町にあるコワーキングプレイスとカフェの運営を引き継ぐ予定です。「S-TOKYO」という場所で2023年11月にプレオープンの予定です。都市部ですが下町のローカル感もあっていいところです。金沢のプレイヤーが東京で集まる場になってもいいし、北九州の会社がオーナーなので北九州のプレイヤーが来てもいいかなと思います。
――最後に、ローカルと結びつくコツがあれば教えてください。
その土地に住むことだと思います。実は、我が家は冬の間は1ヶ月沖縄に住むと決めているのですが、その土地の人と毎日顔を合わせるうちに、飲みに行こうという話になって、自然と仲良くなることができました。1年の3分の2を金沢、あとの3分の1は別の場所という風にして過ごしています。沖縄では毎回同じマンスリーマンションを借りて、子どもが行く保育園も決めています。旅するだけではなくて、その場所に暮らしてみると、その土地に自然と馴染んでいきますね。