働きながら大学院に通い、みごとに税理士として独立した戸村涼子さん。スモールビジネスオーナーや個人事業主をターゲットに、独自の立ち位置を築いています。なぜその選択をするに至ったのか、インタビューをしました。
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本質的に、クライアントの役に立てる仕事がしたい
――2016年に独立した戸村さん。2018年ごろからは、コンサルティング業務に注力されてきました。なぜコンサルに舵を切ったのでしょうか。
開業したてのころは、クライアントのお役に立てるならと思って、確定申告や領収書整理の代行業務を引き受けていたんです。数をこなして経験値が増えたのはよかったんですが、でも「これは、長期的にみるとクライアントの資産にならないな」と気づいたんです。
私が代行すればきっと来年も再来年も同じようにお仕事をいただけるし、代行した分、クライアントの時間が空くのもいいことです。でも、本質的にはお役に立てていないんじゃないかなと。
本来は誰でも、自分のお金のことは、自分でできるようになった方がいいと考えています。そのほうが結果的にクライアントから喜ばれていると感じるし、私自身もうれしくなります。そう考えて、コンサルティングに回るようになりました。
クライアントの売上や経費などの数字まわりをじっくり見ながらコンサルティングできるのは、すごくやりがいがあるし面白くて、代行とは別の価値があるなと感じています。
「スモールビジネスオーナーを応援したい」思い
――戸村さんは、スモールビジネスオーナーを主なターゲットにされています。幅広いターゲットがある中で、スモールビジネスオーナーに着目されたのはなぜですか。
かつて税理士法人に勤務していたころ、自社も取引先も大企業ばかりでした。あのころはなんとなく、本当の意味で誰かの役に立っている感覚が薄かったんですよね。私が話す相手は取引先の経理担当者で、作業的な会話が多く、経営者と話す機会はほとんどありませんでした。なんだか「仕事のための仕事」をしている感覚で、モヤモヤしていたんです。
私の知識やノウハウで誰かの役に立てるなら、本当に私のことを必要としてくれている人たち、仕事に対して何かしらビジョンを持っている人たちのために働きたいなと思うようになりました。お給料もらうためだけに働くだけでは、ちょっと物足りないなと。
それで、独立するとき、「スモールビジネスオーナーを応援したい」「デジタル化で経理・財務の効率化を図り、その先のビジョンを共有したい」という思いをHPに記載しました。今は、創業したてのベンチャー企業の経営者さんや、個人事業主の方と一緒に仕事をできているので、とても価値観が合います。
きっと私は、ゼロから1をつくる、何か新しいものを作るのが好きなんです。逆に、すでに出来上がっている何かをメンテナンスする仕事は退屈に感じてしまって、向いていないんですよね。スモールビジネスオーナーはまさに、ゼロから1を生み出そうとしている人たちです。つまり、いちばんエネルギーを消費するタイミングなので、そういう方と一緒に仕事ができるのはすごく楽しいです。記憶にも残してもらいやすいので、やりがいになりますね。
経理のワークフローをデジタルに一新するサポートも
――これまでたくさんのスモールビジネスオーナーを支援されてきました。戸村さんがとくに印象深い、手応えを感じた仕事について教えてください。
コンサルを始めた2018年ごろ、地方の会社の経営者さんからお声がけいただいたのが印象的です。「顧問税理士がいるけど、数字に違和感があって納得できない。自分で経理をやりたいから、クラウド会計ソフトの『freee』を導入してほしい」というご依頼でした。
まず経理部門のワークフローを聞いてみると、すごくアナログな方法をとっていて。売掛、買掛の整理に紙の台帳を使っていました。その状態で、ただ単にfreeeを導入しても現場が混乱してしまうでしょうから、経理業務のフローを整理するところから始めました。
「レポート機能を使えば未入金の案件も把握できます」「銀行の残金データやクレジットカードを登録すれば、自動的に表ができますよ」と、具体的なメリットを紹介しながら、数カ月かけて環境を整備していきました。
最後に経営者の方からいただいた「ようやく、会社の数字が自分ごととして見えてきて、自信が持てるようになった。自分が取引をして、数字をつくっていることが実感できるようになりました」という言葉が印象に残っています。
freeeは、あくまでも経理業務のデジタル化を前提とした会計ソフトなので、アナログな管理をしている場合は社内のワークフローを一新しないと、導入しても意味がありません。その過程をご一緒できたのは楽しかったし、手応えを感じましたね。
プロとして「信頼を落とさない」ことがいちばん大事
――戸村さんが、働く中で大事にされていること、仕事の流儀などはありますか。
私が意識しているのは、本当にプロフェッショナルとして当たり前のことですが、「信頼を落とさない」ことです。もちろん、高度な知識をたくさん持っていたほうがいいですが、信頼関係のベースになる部分はもっとほかにあります。
例えば嘘をつかないとか、メールの返信を待たせないとか、もしミスをしたら誠実に謝るとか、嫌な思いをさせない言葉遣いをするとか。テキストベースのコミュニケーションはとくに、そっけない感じにならないように気をつけています。
逆に、最近は生成AIの進展が目覚ましいので、人間の高度な専門性がどこまで価値を保っていけるか、少し怪しいなと思います。私自身、びっくりするくらいたくさん、ChatGPTに助けてもらっています。
全体像を知っている人間として専門家の存在は必須ですが、細かいことや事実の確認だけなら、もはやAIに聞いた方が早いと思います。だからこそ、プロフェッショナルとして当たり前のことを、より高度にできるかどうかが差別化要素になってくると思います。
それから、リアルで会うことの価値も高まっていますよね。私もメリハリをつけるように意識していて、例えばクライアントの決算前に大事な打ち合わせをするとなれば、Zoomを使うか、リアルでお会いします。事務作業や情報伝達のためなど会って話すまでもないことは、メールやチャットで済ますなど、できるだけ効率化しています。仕事において、紙はまったく使いませんね。「送らないし、受け取らない」を徹底しています。
仕事量が自分のキャパを超えないように工夫している
――戸村さんの、今後のビジョンについて教えてください。また、仕事において大事にされていること、流儀などがあれば合わせて教えてください。
「信頼を損なわない」は、これからもいちばん大事にしていきます。そのためには、自分のキャパを超える仕事量を引き受けない、むやみやたらに仕事を増やさないことも大事です。
キャパを超えてしまうと、一つひとつの仕事に対して丁寧な対応ができなくなっちゃうので。クライアントをぞんざいに扱ってしまうくらいなら、その仕事は受けないほうがいいなと。わりと、入口をしっかり絞っているほうだと思います。
もう1つ、相手の考え方が私と合わないと思ったら、その時点で受けません。私はひとり仕事で、従業員を抱えていない分、自分の判断だけで仕事を取捨選択できます。そういう意味では、自分のブログやHP、YouTubeでいろいろと情報発信して、意識的にある程度の「見せたい自分」をつくっているのも効いています。HPを見れば、どんな考え方の税理士なのかわかるので、その時点で合わないクライアントが来なくなり、回避できるんですよね。
もちろん、最初からこのスタイルだったわけじゃありません。開業してから1〜2年くらいは、とにかく仕事がほしかったので、依頼された仕事をとりあえず全部受けていました。
3〜4年経ったころ、「これじゃ回らなくなるぞ」と思って、試行錯誤した末にたどり着いたスタイルです。今では、あまり忙しくならない状態こそが理想的だと思っているので、信頼できるクライアントさんたちと、やりがいのある仕事をご一緒しています。