Paranaviトップ ライフスタイル 趣味 ジャニーズに憧れて32年。霜田明寛さん「なりたいものになれなかった」からこそ生まれたキャリア

ジャニーズに憧れて32年。霜田明寛さん「なりたいものになれなかった」からこそ生まれたキャリア

SHARE

Xでシェア Facebookでシェア LINEでシェア

「元祖ジャニオタ男子」として、旧ジャニーズの魅力を発信し続けている霜田明寛さん。子どものころからSMAPに憧れ、ジャニーズJr.のオーディションを受けたこともあったとか。今では会社員として働きながら、著書を出したりWebメディアの編集長をしたりと、独自のキャリアを築いています。旧ジャニーズ事務所の騒動を経て、新著『夢物語は終わらない~影と光の“ジャニーズ”論~』(文藝春秋)を出版した今、霜田さんが思うこととは。

ジャニーズJr.にはなれず、アナウンサー志望に切り替え

――子どものころからジャニーズに憧れてきたという霜田さん。これまでのキャリアについて教えてください。

僕は子どものころにSMAPに憧れてから、とにかくジャニーズになりたくて。18歳のときにジャニーズJr.のオーディションを受けましたが受かりませんでした。大学生3年生のころに就活を始めようとしましたが、「ジャニーズになりたい」以外の希望がなかったので(笑)、自分に何が向いているか、社会に出て何をやりたいかまったくわからない状態で。ただ、少しでもジャニーズに近づけると思って、アナウンサーを目指すことにしました。それでテレビ局を50社くらい受けましたが落ちまくり、ついに内定は1つも出ませんでした。

全然未来が見えない中でも「そろそろ世に出ないといけない」という思いだけはありました。僕は、山PやKAT-TUNの亀梨和也さんと同い年なんです。みんな10代のころから大活躍しています。それと比べたら、僕の“社会人デビュー”はあまりにも遅いという自覚があったんですよね。

アナウンサー試験に落ちまくった大学5年生の夏、今自分だけが持っているものは何なのか考えていました。試験では実は惜しいところまで行っていて、最終面接で落ちた数なら誰にも負けないな、と(笑)。全国の局をまわる過程で、書けば面白いエピソードも多くあったので、これを本にまとめることはニーズがあるのでは、と思い「第四回出版甲子園」に応募したところ、準グランプリに。これが、1作目の本『テレビ局 就活の極意 パンチラ見せれば通るわよっ!』(タイトル)の出版につながりました。

著書

霜田さんの著書

――今のWebメディア編集長のお仕事にも通じますね。当時から書くことが好きだったんですか?

本を書く段階になって、それが好きだと初めて気づきました。本を書いていると、気づいたら時間が過ぎていた。そのときに、大学を卒業してからも書く仕事なら続けられるのではという感覚を持ちました。

だんだん『テレビ局 就活の極意~』を読んだアナウンサー志望の学生たちが就活の相談に来るようになりました。最初は無料で受けていましたが、やたら人気が出たというか、実績が評判を呼んで捌ききれなくなったので、セミナー形式や有料の個別相談に切り替えました。最初から有料コンテンツを目指したわけじゃなくて、僕に合うやり方を探しているうちに1つのかたちが見えてきた感じです。

霜田明寛さん

関西学院大学で学生向けに講演も

もう1つ、僕は誰かの魅力に気づいて、言葉にして伝えるのが得意だということに気づきました。僕の就活指導を受けた学生たちは、次々にアナウンサーになっていくんです。僕自身は50社の面接を受けて全滅したのに(笑)。きっと、自分のことはわからないけど、他人の魅力はよくわかるんです。

学生からウケがよいのは、対面で、1時間ひたすら相手の話を聞いて、その後相手になりきって1分間の自己PRをしゃべるというものです。みんな、自己PRが苦手なんですよね。自分の魅力に気づくこともできないし、わかってもそれを上手くまとめることは難しい。僕は相手の魅力を見つけて、「この部分をアピールすれば、就活がうまくいきそう」というのもわかりますし、話し言葉にしろ、書き言葉にしろ、ある程度の分量に合わせて、面白い流れに編集することも得意だったので、すごく向いていました。

「いったん会社員の鎧をまとうのもいいな」

――大学卒業後、就職せずアドバイザーとして活躍し始めた霜田さん。その後、2013年にトレンダーズに入社したのはなぜだったのでしょうか。

霜田明寛さん

自身で開催した就活セミナーの様子

大学卒業後、3年ほどで大学からも講演依頼が来るなど就活アドバイザーとしての仕事は軌道にのっていました。一方で「どうして就職したことのない人間がアドバイザーをしているの?」とよくツッコまれました。アナウンサーをたくさん輩出して、実績を出しているんだからいいじゃないか! と思っていましたが(笑)。ただ、この社会には、そういった本質ではない部分で判断してくる人が一定数いるのは事実なので、いったん会社員の鎧をまとうのもいいなと思ったんです。

居場所としてトレンダーズを選んだ理由は2つあって、1つは「Webの感覚が強い人たちと一緒にいたい」と思ったことです。僕が雑誌に書いた記事がWebメディアに転載され、ヤフトピ(Yahoo! ニュース トピックス)に載ってビューが爆発的に跳ねるという成功体験が、何度かありました。この強みを磨くためには、ネット感覚が強い会社がいいなと思って、トレンダーズを選びました。

2つ目は、書く仕事を続けたいと思ったことです。本や記事を書くのは楽しかったし、僕の強みでもあると思いました。当時は今に比べて副業が一般的ではなく、会社員になったら、社外で個人名を出して活動するなんて許されないだろうと思っていましたが、トレンダーズは珍しくOKのスタンスだと知り、入社の決め手になりました。

入社して少ししたころ、インフルエンサーとして活躍していた同僚の方が休憩時間中に僕と喋っている様子を撮ってYouTubeにアップしていました。当時としてはそれがかなりバズっていて、今思えば、YouTuberの先駆けです。ときに炎上したりもしていましたが(笑)、それすらも刺激的で面白く思えました。そうした情報感度が高い人の多さはトレンダーズならではだと思います。そうした影響もあり、2018年からVoicyチャンネル「霜田明寛 シモダフルデイズ」を始めました。

今はWEBメディアの運営をしながら、人事の部署を兼務していて、人事面接を担当して、新卒採用に関わっています。今も就活アドバイザーをしているので、ゆるくキャリアがつながっている感覚があります。就活生を受からせるために、ある意味では大人を“翻弄する”ための術を授ける就活アドバイザーと、落とす人を選ばなければいけない、すなわち僕自身が翻弄されないようにする人事面接の面接官は表裏一体で、発見も多いです。

――トレンダーズに入社して12年目となります。これだけ長く勤め続けている理由はありますか?

本当にいい会社だからです(笑)! 社内の人間関係で悩んだり、辛くなったりしたことは一度もありません。「会社員の鎧をまとう」くらいの気持ちで入社したら、そこが居場所だったのは本当にラッキーだと思います。

よく、会社員をしながらパラレルキャリアをするデメリットとして、周りの人から「あいつだけ目立ちやがって」と言われるとか、「自分の仕事の実績が、会社に取られる」とか聞きます。でも、トレンダーズは社長も「霜ちゃんが有名になれば会社にとってもプラスだから」と言ってくれるようなあたたかい社風で、そういうことは今まで一度もありません。

――時間管理やタスク管理で工夫されていることはありますか。

かなり、会社の制度に助けられています。僕の部署はフレックス制かつリモートワークがメインで、その働き方が僕に合っていますね。その日の業務量や調子によって、長く働く日もあれば、短めで終える日もあります。そのときどきのタスク量や自分の集中力、勢いに合わせて働けるのがとても心地いいです。

打席に立つ回数を増やして、当たった仕事を続けてきた

――本名と顔を出して書く仕事をしていると、傷つけられることもあるのではないでしょうか。

本名を出して仕事をしていると、仕事の成果も逆に叩かれるときも、全部自分の責任になりますよね。僕はキャリアの最初から本を出していたので、本名を出すのは当たり前でした。

そもそも最初に出した本のタイトルが『パンチラ~』なので、波が起きることも含めて表現することだと思っている節があります。今も否定的なコメントを見て自分の信念が揺らぐことはないですね。たぶん根本的に、人から注目されるのが好きなんだと思います(笑)。

霜田明寛さん

J-WAVEに出演したときの霜田さん

――霜田さんは、永遠のオトナ童貞のための文化系WEBマガジン「チェリー」の編集長や、「ミスキャンパス評論家」としてもご活躍中です。いろいろな能力を、どうやって仕事に生かしているんですか?

僕は「これは仕事になるぞ」「これを次にネタにしよう」と思ったことがほとんどなくて。アイドルを推すのも、ミスキャンを観に行くのも、ただ面白そうだしやってみたかったからやっただけです。Voicyも、当初は利益が出る仕組み自体がありませんでしたが、面白そうだと思ったから始めてみました。

こうやってスタートした仕事のうちのいくつかが、たまたま世間のニーズに合っていたんだと思います。例えば、就活本を書いている人はたくさんいても、その中で僕は喋れる方だったからセミナーが盛り上がった。「ミスキャンパス評論家」も、どうせ詳しいならこういう肩書きをつけたほうが目立ちやすいと周りから教えてもらって初めて名乗るようになり、その結果、キー局の情報番組にも多く呼んでもらいました。ジャニオタ男子もそうですが、いわゆるブルーオーシャンだったのかもしれません。

トレンダーズでも同じです。僕は「本を書いている人」という位置付けで入社したので、最初はプレスリリースを書く仕事から始まり、ちょうど自社のWEBメディアを立ち上げるタイミングで、記事を書き、編集する仕事を任されるようになりました。当時トレンダーズでは本格的な記事を載せるWEBメディアがなかったので、そのときの会社のニーズと、僕ができることが一致したのはラッキーでした。

今思えば、社外ではとりあえず打席に立つ回数を増やして、その中で“当たった”仕事を続けてきました。結果、それなりにうまくいっている感覚があります。逆に、組織の中で自分をゴリゴリアピールするのは苦手なんですよ。トレンダーズ社内では、わざわざアピールしなくても僕に合った仕事をさせてもらえて本当にありがたいですね。

――霜田さんが今後のキャリアで目指す将来像、目標などがあれば教えてください。

やはり、音声配信には可能性を感じています。PodCastを15年、Voicyを7年やっているのですが、特にこれといった情報を売らずに、自分の日常を話しているだけで今もなお課金してくださる方が増えているのは嬉しい限りです。

自分の就活セミナーもオンラインにしたら、沖縄から参加してくれる人もいて、僕が直接会わないままマスコミへの内定をした人もいます。ネットを経由して、これまで僕が想定していなかった人たちに僕自身の知見を届けることができているので、今後もその出会いが広がればいいなと思っています。

一方で、自分だけでやっていて、そこに一定数支持してくださる方がいらっしゃると、どうしてもそこに安住してしまうので、畑違いの方と対話したり、新しいプラットフォームと組んでみたりという挑戦もしてみたいです。本もこれまでは自分の詳しいジャンルから逆算してテーマを決め、それが売れると似たテーマのオファーが来るという繰り返しだったので、これからは、誰かからまったく新しいお題をもらって書く仕事もやってみたいですね。

岡田准一さんが「“プロ”と言われるレベルのものを5つ習得したら、豊かな人生を送れるのではないかと考えています」とおっしゃっていて、僕はまだ5つはないので、その“プロ”を増やしていきたいです。

霜田明寛(しもだ あきひろ)●1985年・東京都生まれ。早稲田大学商学部在学中に執筆活動をはじめ、2009年発売の『テレビ局就活の極意 パンチラ見せれば通るわよっ!?』を皮切りに、3冊の就活・キャリア関連の本を執筆。企業講演・大学での就活生向けセミナー等にも多く登壇し、自身の運営する就活セミナーからも累計100名以上のアナウンサーを輩出している。また、編集長を務める『文化系WEBマガジン・チェリー』や雑誌などで記事を執筆。映画監督や俳優を多く取材し、トークイベントの司会なども担当する。自身の観点でドラマ・映画等を紹介するVoicy『シモダフルデイズ』は累計200万回再生を越える人気コンテンツに。ジャニーズタレントの仕事術をまとめた4作目の著書『ジャニーズは努力が9割』(新潮新書)は3万部を突破している。

SHARE

Xでシェア Facebookでシェア LINEでシェア

Keyword

さくら もえ
Writer さくら もえ

VIEW MORE

Page Top