「デュアラー」という言葉を知っていますか?「デュアラー」とは都心と田舎の2拠点生活を楽しむ人のこと。リクルートホールディングス2019年トレンド予測でも発表され、注目を浴びています。今回登場する馬場未織さんもその一人。2つの「家」を持ち、平日は東京。週末は千葉県南房総市での暮らしを約12年間、続けてきました。まさに南房総の家と里山に恋に落ちるように出会ったという馬場さん。3人の子育てをしながら毎週末、南房総に通い里山の美しい景色を守るために農地を耕し続けています。またNPO法人「南房総リパブリック」を立ち上げ、里山学校や廃校活用、空き家を活用したDIYイベントなどを地域の方々と運営。里山の魅力を内側から発信し、未来につなぐ活動を精力的にされています。この暮らしをすることで人生も人格も変化した、という馬場さんの「ライフ」と「ワーク」にせまります。(記事提供:わたし探求メディア molecule)
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「行きたい」という気持ちの連続が南房総に身を運ばせた
インタビューのためにカフェに現れた馬場さんはすらっと細身の長身。うっすら日に焼けた小麦色の肌が健康的です。しかし、3人の子育てをしながら12年間も南房総に通い続けるというエネルギーが一体どこから湧いてくるのでしょうか。
馬場さんは、東京生まれの東京育ち。生まれた時からずっと都心に住み、土いじりや野遊びとは縁遠い子供時代を過ごしたそう。また父親は、建築雑誌を手掛け、「デザインの良いものは人を幸せにする」という価値観の中で育ちました。しかし、大震災などを経験し、人間の作り上げたものや都市生活のもろさも目の当りにすることに。いつしか、自分がひとつの「生きもの」として最低限必要なもののなりたちを知り、大地の営みの一部になったような生活をしなければ中身がスカスカな人間になってしまうのではないか? という違和感を抱くようになったそうです。「田舎に実家がなくても、帰れる田舎が欲しい!」そんな憧れもあったと言います。
そんな中、第一子である長男が生まれ、長男は無類の生きもの好きに。しかし、東京では「ヒラタクワガタが見たい!」と言われても、ペットショップで探してみせるしかない。子どもに自然の中で思いっきり遊ぶ機会を与え損ねたくない……。そんな気持ちが2拠点生活の最初のきっかけだったとか。
2拠点生活をはじめた当初 (約12年前) の馬場さんの生活はこんな具合。金曜日の夜、仕事場から帰ると、保育園などへ3人の子どもを迎えに行く。家に帰り着いた後は、バタバタと荷物をまとめ車で約1時間半かけて南房総へ。都市でのスケジュール帳がびっしり埋まる生活とは一転。南房総では、スケジュール帳に書き込まないような予定――畑の世話をしたり、野草を摘んだり、草を刈ったり、辺りをぶらぶらすること――で徐々に「生きもの」としての自分自身を取り戻す感覚なんだとか。そして日曜日の夜、また東京へ。そんなリセットを週末ごとに定期的に繰り返してきました。
――12年間も2拠点生活を続けられるって、ものすごいことだなと思ったんですが。
南房総の生活には、都市生活とは真逆の豊かさがありました。生活を続ければ続けるだけ、この地への移住を手放しで薦めることはできなくなったという馬場さん。春夏は、刈っても刈っても芽を出す草と対峙し、伸びすぎた竹に道をふさがれ立ち往生することもあるそうです。
自然の中で生きることは、決して生易しいことではありません。しかし、時間を重ねるほど南房総を第2の故郷といえるほどの愛着は育っていきました。また、この里山には、ほとんど後継者がいないことも知ることになりました。この場所が未来まで美しいままでいるためにはどんな働きかけをすればいいのか。真剣に考えるようになったといいます。
馬場さんは南房総での2拠点生活を発信するブログ「南房総リパブリック」を続けていました。気づけば、ブログをきっかけに南房総に興味を持った読者が度々馬場さんの家を訪れるようにもなっていました。そして2011年には、ブログの名前でもあった「南房総リパブリック」をそのまま団体名とする里山保全・活用のNPOを立ち上げることに。
2019年は5月に廃校を利用した「へぐりマルシェ」を地域の出店者と協力して開催。マルシェを通じて地元の人同士の交流も生まれ、また外から来た人にも南房総の魅力を伝えるきっかけになっているそう。
馬場さんがごく個人的に始めた2拠点生活。ブログでの発信やNPOの活動を通して仲間が増え、南房総の外からも徐々に若い人が訪れるようになっているといいます。
忙しい生活の中で意識して家族がともにいる時間をひねり出す。
――2拠点生活をすることで、家族関係に何か変化はありましたか。
馬場さん
子育て中の時期は、母親自身にとってもキャリアアップの時期に重なっていますよね。子どもによって違うと思うのだけど、うちの子たちはお母さんが家にいることを案外、望んでいる子たち。
うちの真ん中の子は家が好きな子で。私がこうやって外で活動していると「またママいないの?」と言われることもある。仕事と向き合うとき、この仕事はどういう優先順位だろうと考えてしまうことはありますね。
そんな忙しい毎日を過ごしていますが、うちの場合は、週末の南房総での生活が家族の絆の結節点という感じでしたね。もともと、それを意図して始めたわけではないけれど、南房総で家族で過ごす時間が強制的に積み重なったことで思い出も体験の共有もできた。
振り返ってみると、それってとっても大きかったなぁと。忙しい家庭生活の中で、意識して家族がともにいる時間をひねり出すというのは、していいんじゃないかなと思いますね。
その違和感はきっと本物
――馬場さんのような常識に縛られない生き方をするにはどうすれば?
馬場さん
私たちには目に見えないけれど色々な制約や常識や何かがあって、綿々と続く日常から外れたことはしたくないと思うのが普通の感覚だと思うんです。
でも、「あれ?わりとこれは好きかも」とか「うーんココにはむずむずするような違和感を感じるな」というようなことは、多分きっちりと捉えたほうがいいと思っています。
そこには次への人生のヒントがあるんですよね。自分の中にある小さな興味や違和感はきっと本物なんです。違和感は直感なので、結構確かなんですね。それに興味の根みたいなものも、ひと時で流さないでちょっと追求してみる。こっちの方向に私は行きたがっているということを素直に受け入れる。でも、あれもこれもあって忙しいし無理だよね…とは思わないで一旦全部外して妄想してみるんです。まずは妄想してみてね。私だって8700坪の家を持つとか。ばかげた話だし。
でも何か妄想したときに、このためだったらどんな苦労もいとわないと思える瞬間があったんです。その感覚を何年経っても意外としつこく覚えていて。嫌なことやしんどいこととかあっても、いや、あの時そう思ったなっていうのが、今の生活を続ける中で度々、思い出されたりする。人からもらうものではなくて、意外と自分の中にあるんですね。子育て期って本当に忙しい。
私はお母さんが自分のことよりも他者のことを優先して考えて自意識がなくなるっていうのは、人間としてとても美しいって思うんだけど。そんな中で、自分の中身を見つめていく作業は一度やってみてもいいかなって。何か、ふとこれでいいんだろうか? と思ったときに「私も私の人生があるからさ」という風に時間をとって静かに考えてみるのはいいですよね。
<編集後記> お話を聴いてみて、少しだけ馬場さんのエネルギーの源にふれた気がしました。馬場さんは自分の気持ちの中の小さな違和感や興味も無視せず、きちんと捉えて向き合ってこられたのだなぁと。そして、一つひとつ「良いな」と思ったことを、丁寧に実現されていった結果の今なのだと。
<後編>は2拠点生活を経て、人生と仕事に線引きをしなくなった。という馬場さんの「ワーク」への気持ちの変化について綴ります。どうぞお楽しみに。
馬場未織(ばば みおり)●南房総市の廃校を利用した「へぐりマルシェ」を開催。2011年に農家や建築家、教育関係者らとともにNPO法人「南房総リパブリック」を設立。平日は3人のお子さんの子育てをしながらライター業なども精力的にこなす。著書に「週末は田舎暮らし」ダイヤモンド社がある。
馬場さん
無理やりモチベーションを掻き立てて続けることは、きっと無理で。この暮らしは、言うなればなくてもかまわない暮らしなので。だれからのタスクでもない。だけど、単純に「行きたいな」という気持ちの連続がここまで運ばせたんです。
最初はめずらしい暮らしをしている気持ちになっていて。草刈りをしてみて、土をほれば虫がでてきて、近くの川に行けば魚がいる。子どもが興味にまっすぐ向き合うその姿がうれしくて。どうすればもっと彼はキラキラするだろう、と思っていました。
で、しばらく通い続けると慣れも出てきます。子どもは成長し、ずっと生きもの好きというわけではなかったんです。でも、その子どもと一緒に自然と触れ合った感覚は、親である私には残って。大人になって巡り合ったものなので深い興味が根付いて、いつの間にか自分自身が生きものに触れたり、自然の中に深く入り込むことを渇望するようになったんです。