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趣味の「ホームパーティ」が仕事に!思い切って「肩書きを作る」ことが第一歩

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スマホなどの写真素材をユーザーから直接購入できるサービスを展開するスナップマート株式会社で、営業兼広報を務める傍ら、パラレルキャリア活動をしている村上あゆ美さん。特に趣味も無かったという彼女が「自分といえば○○」を探し続けて見つけた、「ホームパーティープランナー」という仕事についてお話を伺いました。

社長に直談判してパラレルキャリアスタート!

――いつからパラレルキャリアを始めたのですか?

前職では、人材紹介会社で営業を担当していたのですが、実は会社の規定では副業禁止だったんです。でも、諦めきれず、食事会で社長と一緒になったチャンスに副業をやりたいということを伝てみたんです。そしたら、「会社の業務に支障が出ないのであれば、やりたいことは全部やった方がいい」と許可をもらえて。パラレルキャリアは、自分がやりたいことがお金になるときもあれば、ならないときもあるので、副業が禁止されていても、正社員として二重雇用されていなければいいという場合もあるのかなと思います。

――現職ではパラレルキャリアについて、あらかじめお話されていたのでしょうか?

もともと、前職にいるときに、業務委託でスナップマートの仕事を受けていたところから、転職することが決まったので、もちろんパラレルキャリアの話はしていました。会社としても副業を認めているのでとても働きやすいです。転職したてのころは、普段趣味でやっていたSNS観察が仕事になったので、「これでお給料がいただけるなんて幸せだな……と思っていましたね()

――逆に本業とパラレルキャリアの業務内容が似ている点でデメリットはありますか?

 そうですね。初めの頃は、写真撮影の仕事は会社の業務と同じだから、パラレルキャリアとしてやってはダメだと、会社から言われていました。そこで、また社長に直談判して()。現在は、個人に来た話はパラレルキャリアの活動としてOK会社を通して来た仕事は指名だとしても業務時間内にやるように、という約束でやるようになりました。

「自分といえば〇〇」を作りたかった

――スナップマートさんでは社内での、様々な事業の立ち上げにも携わっているのですね。

私自身オンラインサロンを5年くらいやっていたこともあり、大体こういうものだろうなというノウハウがありました。その経験が会社で役に立つとは思っていなかったのですが、意外にも社外のコミュニティに参加したことがない人も多く、オンラインサロンでの経験が役に立つんだなという発見ができましたね。

――そもそもパラレルキャリアをはじめたきっかけは何だったのでしょうか?

転勤や出産といった問題が起きて会社員を続けられなくなったときに、自分でできることがもう1つあるといいなという思いがずっとあったんです。私には特に趣味も無かったので、「自分といえば○○」みたいなのがあるといいなと思ったことがきっかけでしたね。

――そこで思いついたのが「ホームパーティ」だったのですね?

そうですね。学生時代、アメリカに留学していたんですけど、向こうでよくホームパーティに呼ばれていたからか、ホームパーティに対して憧れがあり、結婚を機に少しずつ家に人を招いてくことを始めました。2013年の10月くらいに、その年のクリスマスパーティを超真剣に考えてやってみよう!と、パーティを企画することになり、それが物凄く楽しかったんです。そのときに、「趣味はホームパーティです!」と、胸張って言えるくらい頑張ってみようかなと思ったことが始まりでしたね。

――ホームパーティプランナーという肩書き、珍しいですよね!

あんまり見ないですよね()2014年に入っていた「頑張る女性たちが集まるコミュニティ」で、当番制でコラムを書くことになったんですね。そこでホームパーティのことを書きたいと思った時に「肩書きがあるとより説得力があるな」と思い、思い切って肩書きを作ってみたところからですね。

――そこからはどんな風に活動していったのでしょうか?

企画したパーティを残す場がほしくて、ブログを始めました。その時に「ホームパーティが趣味」と胸張って言うためには、どのくらい更新するのが良いかな……と考え、月に一回開催していたら趣味になるだろうと思い、2014年から毎月やってみようと決めて実行しましたね。そこから、ちゃんと人を呼んでやってみて、反応を見て、ブログで発信するということを繰り返していったんです。当時は赤字になってしまうような状態でしたけど……()

――ホームパーティって、食事代や場所代の出費の方がかかりそうですもんね!(笑)

そうですね。その時に、2728歳の子がターゲットで、よくわからない素人のイベントにいくら出せるかな? と思ったとき、参加費3000円くらいかな。と思って設定してみたんですよね。でも実際は、「3000×人数」で場所代を差し引いて、料理を用意して……。自分がやりたいことを全部やろうとすると全然足りない! ということに気が付いたんです。

――そこからどうやって立て直していったのでしょうか?

そこで、企業から商品をもらえればいいんだ! と思いついたんです()。お酒だけでももらえたら、会費3000円の範囲内で、クオリティが高いものができるんじゃないかなと思って。そこから企画書を作って、良さそうな商品がある会社宛てにどんどん送りました。私はその当時、企画書を作ることもできなかったので、私が作ったものを他のメンバーが手直ししてくれて送っていました()そしたら、意外にも5社中3社協賛してくれることになったんです。

――すごい! 小さなコミュニティでも3社も協賛がついてくれたんですね!

そうなんですよ! 老舗の貿易会社とかもOKをくれたんですけど、当時は、ノンアルコールスパークリングワインっていうのが、まだまだメジャーではなかったので、そういうものを売り出すために、私のイベントに商品を提供していただけませんか? といった形で連絡し、その代わりに、パーティでその商品を使った写真を撮って納品しますという交換条件を伝えたところ、意外と反応がよかったんですよね。

お金のために仕事をしなくていいのがパラレルキャリアのいいところ

――需要と供給が一致したんですね。

後から聞いてみると、企業としても、写真をプロの人に頼むとお金がかかってしまうし、一般の人が楽しんでいる写真っていうのは、撮りたくとても撮ることができないということを聞いて、パーティシーンを撮ることは、企業側にもメリットがあることを知りました。協賛をもらって活動するということを繰り返して、事例をつくっていったことで、今では企業側から声がかかるようになりました

――パラレルキャリアが軌道に乗ってきて、それ1本で生きていきたいと考えたことはありますか?

ありましたね。パラレルキャリアを始めて3年目くらいのとき、ホームパーティのお仕事がすごく楽しくて。ただ、現実的に考えて、フリーランスとして月50万円くらいは稼ぎたいとなると、「どんな案件をどのくらい受ければいいのだろう」と考えたら怖くなってしまって……。今の自分の実力と、何も仕組みがない中でやっていくことの大変さを改めて感じて、とどまりましたね。

――「生きがい」ではなく、お金のための「副業」になってしまいますよね。

そうなんです。パラレルキャリアのいいところって、お金のために仕事をしなくていいところなのに……。生活のために、やりたくない仕事も受けないといけなくなってしまったら、本末転倒だなと思って改めて会社員ってすごいなと思い直しました。

――パラレルキャリアを始めてから、時間の使い方など、以前と変わった部分はありますか?

時間が物理的に少なくなったこともあり、気分の乗らないお誘いはサクッと断れるようになりましたね。無駄な付き合いの時間などはなくなりました。あと、週に1日はしっかり休むようにしてます。以前、大阪でイベントをやったときに、せっかくだからと思って、土日両方パラレルキャリアイベントをがっつり入れてしまったんです。そしたら、週明けから高熱が長引いてしまい会社を4日休むという……()。それ以来、無理はやめましたね。

後編につづく

村上あゆ美(むらかみ あゆみ)●1985年大分県生まれ。米国アラバマ州ジャクソンビル州立大学で、Restaurant Management学部卒業。帰国後、レストラン運営企業に就職。2年間レストランのサービススタッフとして勤務。2011年、転職サイトの営業職に転職。転職サイトの営業職をしながら、2013年よりパラレルキャリアでホームパーティープランナーを始める。ホームパーティープランナーとして現職のスナップマート株式会社と業務委託で仕事をしたのち、2019年スナップマート株式会社に転職。現在、営業兼広報として勤務しながら、パラレルキャリア活動をしている。

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杉森 有規
Writer 杉森 有規

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