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【東大・柳川範之教授が解説】経済産業省「未来人材ビジョン」に見る、組織と個人の新常識

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2022年5月に、経済産業省から発表された「未来人材ビジョン」。その内容はSNSで大きな話題を呼びました。「日本企業の部長の年収は、タイよりも低い」「日本の従業員エンゲージメントは世界最低」など、衝撃的な結果がまとめられていました。未来人材会議の座長を務めた、東京大学大学院経済学研究科 教授の柳川範之先生に、キャリアや組織づくりの観点から解説していただきました。

「まだじゅうぶんに活躍できていない人たち」が鍵になる

【東大・柳川範之教授が解説】経産省「未来人材ビジョン」に見る、日本企業の現在地

――生産年齢人口の減少は、日本にとってもはや避けられない未来です。その中で、企業に求められるのはどんなことでしょうか。

優秀な人材の確保が、企業にとっての最優先事項になるでしょう。そして重要なのは、生産年齢人口の中に、まだじゅうぶんに活躍できていない人がたくさん含まれているということ。

例えば、本当はバリバリ働きたいのに就業機会を得られない人や、非正規で働いているがもっと能力を高めてスキルアップしたい人など。属性としては女性が多いです。またシニア層でも、まだ心身ともに元気で、働くモチベーションの高い人はたくさんいます。しかし、なかなか自分のノウハウを生かした仕事に就けないケースが多い。こうした人たちがしっかりキャリアを積んでいけるような環境が必要になるでしょう。

日本は「外国人から選ばれない国」になった

【東大・柳川範之教授が解説】経産省「未来人材ビジョン」に見る、日本企業の現在地

――日本が、外国人から選ばれない国になっているのはなぜでしょうか。

昔の日本は「先進国」で、賃金水準も高かったので、放っておいても高いスキルを持った優秀な外国人が日本に働きにきてくれました。が、今は日本より稼げる国がたくさんあります。ビジネス環境のデジタル化も、日本は遅れています。

生活環境も実は同じ。日本は治安がよく、雇用が安定しており、文化的にも豊かで、暮らしやすい国なのは間違いありません。しかし、外国人の方にとっても暮らしやすいかというと、意外とそうでもないのではないでしょうか。英語は街中ではあまり通じませんし、生活環境は外国人にとっては、あまり良いとはいえないでしょう。

会社に滅私奉公しても、生きがいは見つからない

【東大・柳川範之教授が解説】経産省「未来人材ビジョン」に見る、日本企業の現在地

――日本の従業員エンゲージメントは「世界最低水準」にあります。

前提として、これは少し割り引いて考える必要があります。どういう基準で「高い」「低い」を判断しているかは、それぞれの国の文化や調査の方法によっても変わります。お国柄によっては、例えあまり満足していなくてもポジティブに回答する人が多いケースもあるでしょう。

ただ、「それにしても、日本は低すぎる」というのがこの結果に対する僕の見方です。「生きがい、働きがいを感じられる仕事だ」「会社が私を必要としてくれている」といった手応えを感じられないことが原因でしょう。給与の伸びが鈍いことももちろんネガティブ要素ですが、それだけが原因ではないはず。給与はあくまでも、仕事に対する評価を示す指標に過ぎません。

【東大・柳川範之教授が解説】経済産業省「未来人材ビジョン」に見る、組織と個人の新常識

柳川 範之先生
東京大学大学院経済学研究科教授。1993年、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士(東京大学)。主な著書に『法と企業行動の経済分析』(第50回日経・経済図書文化賞受賞)『日本成長戦略 40歳定年制』『東大教授が教える独学勉強法』『Unlearn(アンラーン)人生100年時代の新しい「学び」』(共著)など

高度経済成長期のころの日本では、従業員エンゲージメントも今より高かったと思います。それは、「命をかけて仕事をし、会社に尽くせば、会社が老後にわたって生活を保証してくれる」という確信を持てたから。会社の業績は年々伸び、重要なポストも増え、年次を重ねるごとに給与もぐんぐん上がりますから、やりがいを感じられて当然でしょう。

逆に現在のような厳しい労働環境では、いくら頑張っても報酬はそれほど増えなくなっています。業務内容も、自分の志向に合わせて決められるケースは少なく、会社から命令されたことをやらされる環境。これでは、モチベーションが上がるわけもありません。

――アメリカやカナダ、モンゴルなどで、従業員エンゲージメントが高いのはなぜでしょうか?

労働環境や給与水準の違い以外に理由があるとすると、転職文化の差だと思います。転職が日本よりも一般的な国では、職場や業務内容に満足しているエンゲージメントの高い人だけがその会社に残り、そうでない人は転職していく。そうすれば、エンゲージメントが高く算出されます。

日本もだいぶ変わってきましたが、新卒一括採用の文化はいまだに根強くあります。職場に対して多少の不満があってもそうそう転職せず、「消極的に現職にとどまる」人が多いですね。多数の社員を新卒で雇い、そのままずっと定年まで抱えるわけですから、その中にエンゲージメントの低い人が含まれるのも当然です。

消極的に会社にい続けて、まるで滅私奉公のように会社に尽くす。この慣習は、日本社会そして働く個人にとって、本当にいいことなのでしょうか? この点は、再考する余地があると思います。

「みんなで貧しく頑張ろう」の文化が、日本の弱みになっている

【東大・柳川範之教授が解説】経産省「未来人材ビジョン」に見る、日本企業の現在地

――日本は、中国やインド、タイなどと比べて、昇進がかなり遅いようです。

この数値には、為替の変動などの外部要因も影響していますので、ある程度割り引いて考えてください。そのうえで言えるのは、昇進や給与において「世界の常識と日本の常識が違ってきている」ということです。アメリカや中国では、成果を出した人から順に昇進し、高い給与を得るのが当たり前の環境です。

一方の日本は、高齢化もあって昇進が遅いし、やっとの思いで課長や部長の座についても肝心の給与はさほど上がらない状況です。長期雇用・終身雇用を前提としているので、給与水準は低く保たれているんですね。いわば「みんな低い賃金でがんばろう」という文化ができあがってしまっているというわけです。

【東大・柳川範之教授が解説】経産省「未来人材ビジョン」に見る、日本企業の現在地

――さらに「日本の部長は、タイより年収が低い」という衝撃的な事実が明らかに……。

「タイより日本のほうが経済的に発展している」「日本はアジアの国々よりも給与水準が高くて当然」といった発想が、そもそもまったくの勘違いです。タイには英語を自在にあやつる人もたくさんいますし、企業は従業員の能力開発、人材育成に熱心です。タイの方よりも日本人のほうが能力が高いという発想から、まずは抜けだすことが必要でしょう。

ずっと日本国内で生きていくなら、「みんな貧しく」の発想もよかったかもしれません。でも、世界基準で考えると致命的。こうしたダメージの蓄積が、昇進や給与にまつわる数字になって表れているのだと思います。

解雇されるリスクが少ないから、日本人は学ばない

【東大・柳川範之教授が解説】経産省「未来人材ビジョン」に見る、日本企業の現在地

――日本人の半数近くは、社外学習、自己啓発を行っていません。この理由には何があるでしょうか?

日本では「能力開発や人材育成は、個人ではなく会社がやるものだ」「会社から言われたとおりにやるものだ」という意識がとても強いんです。海外は逆で、「個人でスキルアップしていかないと、生き残れない」「学び続けないと、職にありつけないかもしれない」という意識が強い。解雇されるリスクも日本よりずっと高いですから。ようやく最近、日本でも自己啓発の重要性が指摘されるようになってきました。

なお注意したい点は、「何をもって社外学習とするかは、人や国によって変わる」ということです。例えば通勤途中に読書をしたとして、それを自己啓発としてカウントするうかどうかは、お国柄や個人の考え方によって変わります。国際比較は、厳密に行おうとするととても難しいのです。

「海外経験ならではの価値」が減った

【東大・柳川範之教授が解説】経産省「未来人材ビジョン」に見る、日本企業の現在地

――若者の海外志向が、以前と比べて低下しているという結果は意外でした。この理由はどこにあるのでしょうか?

単純に、日本の居心地がいいからではないでしょうか。それから、海外に行くことの価値そのものが変わってきています。以前は、例えばニューヨークに行けば生活水準が上がったり、日本ではできない体験をできたり、何か新しいことに挑戦できたりと、プラスの要素がいくつもありました。

でも今は、インターネットやSNSが普及したこともあり「日本では全く得られない知識」がかなり減りました。海外に行かなければ手に入らないものが少なくなると同時に、海外で働くことのメリットも減ったのだと思います。

――こうした変化に対し、企業はどう考えればよいのでしょうか?

若手社員の国内志向を本当に変えたいと思うなら、海外で何かに挑戦した社員を高く評価する人事システムを実装すればいい。簡単です。

でも、経営者が本当に危機感を持つかというと、疑問が残ります。安全で居心地のいい日本から、わざわざ海外へ飛びだしていく人材を育てないといけない。育成コストがかかるのはもちろん、「海外に行った末、会社を辞められてしまっては困る」という経営者も意外と少なくないと思います。

社会構造ごと変えないと、ジェンダーは改善しない

【東大・柳川範之教授が解説】経産省「未来人材ビジョン」に見る、日本企業の現在地

――役員や管理職における女性の割合は、未だに低い状況です。

人材を性別で区切り、男女で異なる扱いをすることで、バイアスが生まれる。バイアスが生まれるから、さらに性別役割分担が進む。この悪循環が、日本社会の基本的な構造として組み込まれているのだと思います。私たちは義務教育を受けている頃から、無意識のうちに「性別」による区分けを意識させられている。

ジェンダーは、かなり根深い問題だと思います。対策としては、クオータ制などを取り入れて、役員・管理職の女性比率を上げていくこと。構造を変えなければ、大きくは変わらないと思います。

――日本はとにかく遅れがちとされますが、希望はあるのでしょうか。

スウェーデンやフランス、イギリス、アメリカといった国々も、決して最初から男女平等を実現できていたわけではなく、いろいろな経験を経て今の環境を達成しています。ベビーブームのころのアメリカドラマを見ると、母親が典型的な良妻賢母として描かれていることが多々ありますよ。日本にだってやれることはいくらでもあるはずです。

「誰とどこで何をしたいのか?」自律的に考えないといけない時代

【東大・柳川範之教授が解説】経産省「未来人材ビジョン」に見る、日本企業の現在地

――今、働き手と組織の関係が変わりつつあります。働き手にはどんなことが求められているのでしょうか。

日本も、新卒から定年まで1つの会社に居続ける文化から、メンバーが適宜入れ替わる、多様性の高い文化へ変わっていくべきでしょう。これまでの日本社会は、「社員が週5日×7時間のすべてを会社に預け、その代わりに雇用と賃金を保証してもらう」仕組みの中で回ってきました。

しかし、企業が必ずしも定年まで雇用を保障しきれなくなってしまったことで、この仕組みは限界を迎えています。社員も「とりあえず命じられた業務を順にこなしていけばOK」という状況ではなくなっています。

では何が必要か。自分はどこで誰と何をしたいのか考えて、意思決定と選択をしなければなりません。その分、個人の自律性が重要になります。

――難しいことに聞こえます。

僕は、複数の組織に関与する生き方のほうが、むしろ自然だと思います。いろいろな経験をして幅広いスキルを身につけられますし、勤務先の経営状況が悪くなったときのためのリスク分散にもなるでしょう。

こうした意識は、若い世代ほどしっかり持っているように見えます。なかなか切り替えられないのが中堅層。今所属している会社だけに頼り切っていられるわけはありませんから、意識の切り替えが必要です。自己研鑽や能力開発をしたり、空いた時間で副業をしたり、生産的な過ごし方はいろいろとあるはずです。

スタートアップの柔軟性と実践力から学べることは多い

【東大・柳川範之教授が解説】経産省「未来人材ビジョン」に見る、日本企業の現在地

――大企業がスタートアップから学ぶべき要素はどういった点でしょうか。

いちばんは「柔軟性」でしょう。人材活用や人事制度が硬直化している企業が多いと思います。例えば年功序列制の中で、20台の若手社員を大抜擢するのはやりにくい。しかし人手が足りないスタートアップでは、とりあえず有能な若手にはいろいろ任せてみよう! という発想になる。こうした感覚を、可能なら大企業も取り入れてほしいですね。既存の制度にあてはめることは難しくても、組織にとって必要と判断すれば柔軟に実行していくという姿勢をぜひ参考にしてほしいと思います。

もう1つ挙げるとすると、「実践力」です。例えば能力開発も、大企業では社員研修を繰り返すケースが多々ありますが、スタートアップではOJTをはじめとした実践が重視されます。年次や経験値によらず人材を実戦投入することで、優秀な人材が多く輩出されています。

もっとも、若手の抜擢もOJTの活用も、スタートアップが意図してとっている手法というよりは、人手不足のためにそうせざるをえないというのが実態かもしれません。それでも、結果的に成果が出ている企業もあり、大企業にとって学べる点もあると思います。

――人的資本経営と合わせて、自社の存在意義や社会へ与える価値に軸を置く「パーパス経営」が注目されています。

ただ高い利益を出すのではなく、自社の持つ価値や社会貢献の内容を突き詰めて、社内に浸透させる。それによって従業員の求心力を持たせるという経営のあり方ですね。パーパスが明確だと、そのために必要な能力が明確になるので、人材育成の方向性がわかりやすくなりますし、従業員エンゲージメントが高まるというポジティブな影響があるでしょう。すべての企業で完璧な実践ができるわけではないでしょうが、組織づくりに関わる人たちにとって必ず参考になると思います。

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さくら もえ
Writer さくら もえ

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