MBA(経営学修士)というと、企業経営幹部を目指してキャリアアップするための資格で、多くの人には敷居の高いイメージがあるかもしれません。会社に勤務するかたわらでMBA取得に臨んだ児玉友里さんが振り返るには、その挑戦で見えてきたのは現在の起業につながる意外な道だったと言います。
Contents
社内公募への応募で気づいた「武器になるものの必要性」
――会社員時代、当時お勤めされていた会社で、女性最年少営業所長に抜擢されたそうですね。MBA取得により、さらなるキャリアアップを目指していたのでしょうか?
当時勤務していた会社では、働きながらMBAを取得する社員が周囲に複数おり、その姿に刺激を受けていました。とはいえ、20代の頃の私は目の前の仕事に夢中で、MBAは時間もお金もかかるから、今すぐでなくてもいいと考えていました。しかし30代に入り、教育研修やマネジメント業務に携わる中で、これまでの経験や思考の枠を超えた視座と判断力が求められていると実感するようになりました。さらに社内公募の機会も増え、将来のキャリアの選択肢を広げるためには、英語力や専門知識といった何か武器のようなものが必要だと意識するようになったのです。
そんなときに、ちょうど「代表取締役直属の戦略サポート」という新設ポジションの社内公募があり、面接を受けてみました。その際に、最後に一言「MBAは取得しているよね?」と聞かれて、「はい、ちょうど今、取ろうとしているところです」と答えていました。
その日のうちに、働きながら取得できる大学院のMBAプログラムを探し、資料を取り寄せました。心の中では、「やるなら今だ」と覚悟を決めていたので、すでにMBAを取得している同僚やアメリカ在住の友人に相談しながら、大学院を決めて入学手続きを進めていきました。
――すごい行動力ですね。社内公募とはどんな仕組みなのですか?
社員が、一定の要件のもと、社内の新たな職務へ挑戦できる制度です。約10年くらい前から少しずつ増え、これまでの定期的な人事異動とは別に、様々な部署や職種、ポジションが公開され、自ら応募できる形です。主体的なキャリア形成が推奨され、TOEICの点数や資格等を会社のシステムに登録するようにもなりました。
私自身、将来的なキャリアの選択肢を広げたいと思い、まずは独学でTOEICの勉強を始めました。当時は営業教育など社員研修を担当する部署に所属しており、そのときの上司が「競争してみようか」と一声かけてくださったことが大きな励みになりました。500点台からのスタートでしたが、先輩方とも切磋琢磨しながら集中して取り組んだ結果、最終的にはビジネスで使えるかなと思える800点に到達することができました。
働きながらのMBA取得、実際にかかった期間や費用は?
――MBAの取得は、具体的にどのようにされましたか?
アビタスが事務局を担う UMass(マサチューセッツ州立大学)MBAプログラム を受講しました。日本にいながら働きつつ、海外の大学院の授業をオンラインで受講できる仕組みです。経営学の知識と語学を同時に磨ける点が大きな魅力で、一石二鳥だと感じました。
会社のグローバル化が加速する中、新たな部署でエグゼクティブ層と関わる業務においても、経営知識と英語力が必要だと思いました。当時はまだビジネス英会話に十分な自信がなかったため、あえて強制的に英語を使わざるを得ない環境に身を置こうと思ったのです。
大学院のオンライン講義は録画視聴も可能でしたが、講義や夜の大学院同期との勉強会はできる限りリアルタイムで参加し、それ以外は通勤時間を活用してアーカイブを視聴するなど、生活リズムに合わせて学習を工夫していました。
ただ、最も時間がかかったのはアウトプットでした。科目によっては数十枚に及ぶレポートが課され、構成を練り、資料を調べ、書き上げたうえで日本語から英語へ訳すという、かなり労力のかかる作業でした。そのため、土日は集中的に時間を確保し、平日も2〜3時間は大学院の同期とディスカッションを重ねながら取り組みました。結果的に、仕事以外の時間の多くを勉強に費やす日々が続きました。
MBA取得は、単なる学位取得にとどまらず、視野を広げる大きな転機となったそう。
期間としては、2021年8月から2024年8月まで3年かけて取得しました。UMassの良いところは、基本は2年間ですが5年間までは同じ学費で学べるところです。働きながらのMBA取得ですし、プライベートなど状況の変化があってもフレキシブルに対応しやすいと思います。学費はだいたい3万2000ドルで、国際認証のMBAが取得できます。(2025年7月取材時点、時期や為替相場によって変動の可能性あり)
MBAから起業へ、まずはパラレルワークから
――今は、エグゼクティブコーチ、ブランディングアドバイザーとして活躍されていますが起業のきっかけは何でしたか?
社内公募に受かり、希望していた先の部署で働いていた2022年頃に、当時の会社で一定の条件のもと副業を認める制度が導入されました。これまで私は、定期的な人事異動や社内公募など会社が用意する環境や機会に合わせてキャリアを築いてきましたが、「自分は将来どうなりたいのか」「何を成し遂げたいのか」が明確に見えていませんでした。
当時の上司との面談で「10年後の社会はどう変化していると思う?そこであなたは何をしていたい?」と繰り返し問われるたびに、本当はもっとできることがあるのではないか、でも今の自分には何もないのでは……と葛藤する日々が続きました。
そんな中、「失敗の反対は学び。課題はギフトになるのだから、まずは何でもやってみればいい」という言葉をきっかけに、私の中での問いが、”本当はどうしたい?”、”どんな課題を解決したい?”と自分への問いがポジティブに変換されていったのです。
とはいえ、私はそれまで1つの会社でさまざまな部署の仕事を経験してきたものの、「自分には専門性がない」「今後何ができるのだろう」とキャリアの方向性に迷っていました。そんな中で、尊敬する方や憧れる生き方・働き方をしている方々に直接会い、お話を伺いました。すると、「選ぶならチャレンジングなほうへ」「もっとシンプルに、心の動く方向へ」「あなたが好きで得意で、人が喜ぶことをまずはやってみるんだよ」「すでにあなたの中に”成功(成幸)”のフォーミュラがある」といった力強いエールをいただいたのです。
それらの言葉をきっかけに、私は「本当は何が好きなのか」「何が強みなのか」「自分の中にあるはずの価値にまだ気づけていないのではないか」と、自分と他者、社会に目を向け直すことができました。
自分自身のキャリアの棚卸しをしていく中で、コーチングを活用した人材育成やマネジメントに強いやりがいを感じていることに気づきました。人の可能性に気づき、ともに成長することで、組織の風土や業績までも前向きに変わっていく。そのプロセスに関わることが好きだったのです。
さらにMBAでの学びを振り返ると、特にリーダーシップや組織変革論といった、人の行動変容に直結する科目に夢中になっていたことにも改めて気づきました。
ある日、上司にファッションや、ネクタイの色合わせについてフィードバックをした際に、「それもあなたが得意で好きなことだね」と言われたことも大きな気づきの一つでした。実際、10年以上前からパーソナルカラー診断について書籍等で独学で勉強をしてきたこともあり、ファッションやメイクも好きな領域でした。調べていくうちに、イメージコンサルタントとして活躍する方々をSNS等で発見するようになり、関心が高まりました。実際に活躍されている方に直接話を聞きに行ったりするうちに、さらにそれらを仕事にしている様子も想像するようになってきました。そこで、MBA取得のため大学院で学びながら、イメージコンサルタントの養成スクールに通い始めました。
パーソナルカラー診断/顔タイプ診断®/骨格診断/パーソナルスタイリング/メイクレッスンなどのサービスも提供。
そうするうちに、コーチングと並行してイメージコンサルタントの仕事をはじめるようになりました。ちょうど、学んでいたMBAの中でもリーダーシップ論について考える場があり、社内の上司や同僚、社外のコミュニティの仲間からのフィードバックを受けながら、自分の中でどう在りたいか、どんな働き方が良いか、今後の生き方そのものをデザインしていくようになりました。
――起業のスタートは副業とMBAのカリキュラムからだったのですね。しかし、やはり大変なところもあったと思います。
2023年8月に会社から副業の許可が下り、半年ほど取り組んでみると、すぐに「時間が足りない!」と感じました。フルタイムで週5日働きながらMBAの勉強を続け、イメージコンサルタントの養成スクールに通い、副業も始める。そうなると、どうしても時間がもっと欲しくなったのです。そこで立ち止まり、「私は何のために今これをやっているのか」「将来どうありたいのか」「幸せな働き方とは何か」を改めて問い直しました。そして、その未来に向かって必要な選択を取ろうと決めました。
当時、会社で育児や介護で週4日勤務が可能だったのですが、すでに副業目的で週4日の短時間勤務ができる制度はあったものの、まだ前例がありませんでした。そこで、まずは自分がやってみようと思いました。初めてのことでもあり、2度申請は落ちましたが、業務の在り方や会社側のメリットについて上司や同僚、人事部門と話し合い、その理解と協力のおかげで、3度目にようやく許可が下り、週4日勤務が可能となりました。
副業から独立へ、今やりたいと思っていること
――苦労して勝ち取った副業から、独立に至ったのはどうしてですか?
コーチングやイメージコンサルタントの副業を約1年半続ける中で、お客様のキャリアが拓かれたり、本当にやりたいことを見出されたり、外見的な変化をきっかけに自信を持って自分らしく輝いていかれる姿を目の当たりにし、大きなやりがいを感じていました。
数年前であれば、自分には専門性がないと思い込み、自己肯定感の低さから一歩を踏み出せなかったと思います。けれども実際に挑戦してみると、お客様やそのご家族が喜んでくださることや、取り組んでいること自体に十分な価値があるのだと実感できるようになりました。
さらに社内だけでなく社外にも活動の場を広げたことで、新たな出会いやチャレンジの機会に恵まれ、以前よりも心身ともに豊かさを感じられるようになりました。そして次第に、「自分の好きなことや得意なことを活かして世の中に価値を届けられるのであれば、起業すればいいのではないか」という考えに至りました。
以前の私自身もそうでしたが、「自分にはできない」と思い込んでしまうケースは少なくありません。けれど実際には、一人ひとりの中にすでに大切な「価値」や「想い」が備わっていて、ただ気づけていないだけのことも多いのです。私は、そうした可能性に光を当てる存在でありたいと考えています。
その気づきのきっかけとなるのが、心から好きで夢中になれることや、人から感謝される得意分野を活かせる環境に身を置くことです。そうした環境に挑戦してみることで、自然と多くの学びや成長が育まれていきます。
また、自分一人ではなかなか見つけられないと感じるときでも、周囲からの率直なフィードバックを受け取ることは大きな助けになります。実際にこれは、MBAで学んだリーダーシップ科目の課題の一環として取り組んだ経験でもあり、真剣に向き合ったからこそ、今も大きな財産となっています。
多くの顧客やエグゼクティブへ、内面の魅力や在り方と一致した外面の魅せ方を提案。撮影:平澤恵介
こうした気づきや取り組みを会社員時代に周囲へ伝えているうちに、「自分も将来に向けて自己投資を始めた」「改めて自分と向き合う時間を持つようになった」といった声をいただくようになりました。さらに「コーチングを受けたい」という方とのご縁も生まれ、次第に社内外でキャリアマインドの重要性についてお話しする機会や、講演を依頼されることが増えてきました。
――起業されて約2年、現在の事業と未来に向けて今やっておられることは?
起業してからは、30~50代のビジネスパーソンを中心に、セミナーや講座を通じて幸せなキャリア形成に欠かせないマインドや習慣づくりをお伝えしてきました。さらに、ビジュアルブランディングやコーチングなど、第一印象プロデュースといった“見た目の戦略”にも取り組み、外見と内面の両面からサポートしてきました。
私は、価値観・理念・ビジョン・在り方といった内面に、言動や外見の一貫性が加わることで、その人らしい魅力が一層輝き、社会的な影響力へとつながると考えています。現在は、法人企業向けの研修・セミナーに加え、起業家や経営者、エグゼクティブの方々に向けた内面と外見の統合型のプレゼンスアップ支援に力を注いでいます。
人の素晴らしい部分や未来の可能性を見つけること──。それは私の得意分野であり、大好きなことです。その魅力をさらに引き出し、人と人をつなぐことで、一人ひとりが幸せを感じながら、プレゼンスと影響力を高め、新たな価値を創造し循環させていく。そうした社会づくりに貢献することが、私のミッションです。そして、人とのご縁を大切にし、一つひとつの機会に真剣に心を込めて向き合うこと──。これまでも、これからも変わらぬ私のスタンスです。
こうした挑戦を続ける一方で、現在は世界一周の旅に出ています。すでにアジアやオセアニアを巡り、秋にはアメリカやヨーロッパを訪れる予定です。まだ見ぬ世界を体感し、思考の「枠」を外すことで、人との出会いや経験を新たなインスピレーションへと変え、今後の仕事や価値創造へ循環させていきたいと考えています。
取材協力
株式会社アビタス:https://www.abitus.co.jp/mba/