激変する観光業界で、いち早く最高水準のコロナ対策宣言を行い、自社の倒産確率を公表するなどのユニークな施策で注目を浴びた星野リゾート。ライフイベントとキャリアのバランスをとって働いている女性も多数います。その最大のカギになっているのが、「フラットな組織文化」という特徴だそう。そうしたフラットな文化の強みと、それを維持しながら成長していく秘訣を星野リゾート代表の星野佳路氏に聞きました。
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目指すのは「自分で考え、自分で行動する」チーム
――以前、OMO5東京大塚の総支配人である磯川さんからも星野リゾートの特徴として「フラットな組織文化」があるとうかがいました。具体的にはどのような組織文化なのでしょうか?
「フラットな組織文化」のもとになっているのは、1985年に出会った組織行動学の権威であるケン・ブランチャード教授の論文です。当時、学んでいたコーネル大学大学院の先生に勧められ、教授の論文をすべて読みました。そのうちの1つが『社員の力で最高のチームをつくる――1分間エンパワーメント』(ダイヤモンド社刊・原題:Empowerment Takes More Than a Minute)です。
ちょうど親から会社を引き継いだタイミングで、私は社員により長く会社で働いてもらいたいと思い、ここに書かれた通りのことを実践してきました。ケン・ブランチャード教授の理論は有名ですが、論文に忠実に組織運営をする会社は少ない。会社が大きく成長していくなかで、ここにあるフラットな組織文化とは何かということを追求してきました。
サービス業というのは、製造業と違ってお客様とスタッフが直接接するので、マーケティング部隊を集めて調査しなくても、誰よりも最前線にいるスタッフたちのもとに顧客の情報が入ってきます。「お客様に近い人たちが自分で考え、自分で発想して、自分で行動するチームを作る」サービス業とはそうあるべきだと考えています。
そのために何をするかというと、特権階級的な“偉い人”を作るような階層型の組織を脱すること。トップダウンで誰かの指示を待つのではなく、社員一人ひとりが自発的に考え行動することができるフラットな組織にすることが大切だというのがケン・ブランチャート教授の論理です。
――このフラットな組織文化は、コロナ禍でどういう風に生かされていますか?
皆が自発的に納得感を持って動くためには、情報を分け隔てなく共有することが大事です。そのために、まず社内で企業としてのコロナ対策3大方針を初めに出しました。それは「①現金を離さない(不必要な出費を見直しキャッシュを握っておく)②人材を維持し復活にそなえる③CSやブランド戦略への投資優先順位を下げて乗り切る」という3つです。
より意味を理解してもらうために「政府の雇用調整助成金を正しく活用することで稼働率が下がっても、損益分岐点も下がっているから収益が出る」ということや「キャンセルが増えて不安かもしれないが、過去のスペイン風邪の経緯を見ても、感染者数の波があってワクチンができれば旅行需要は戻ってくる」ことなども、社員専用の発信ツール「Yoshiharutimes」で頻度をあげて発信しました。多いときには1週間半で3本ぐらい出しています。
重要なのは社員に注目してもらうこと。そこで、発信内容に飽きられないようにと考えて出したのが「倒産確率」です。これは、星野リゾートが18カ月後に生き残れない確率を出したわけですが、5月に最初に発表したのが大受けで、毎月更新しています。当初は、38%だったのがどんどん下がって、2020年10月には8.3%まで下がりました。
一方で、2020年の緊急事態宣言後の6月に市場調査をして「国内宿泊について31%の層が迷っている。それは行っていいかわからないという不安が理由」ということがわかりました。それが「最高水準のコロナ対策宣言」の発信や「大浴場混雑度アプリ」の開発などに結びついています。
また、そうした経営側からの情報を受けながらも、最前線にいるスタッフたちにはお客様に近い位置にいるからこそのアイデアも上がってきます。例えば、「ビュッフェに対する期待が大きいので、安心して楽しめるビュッフェを復活させたい」という発想は、実際に予約電話を受けているスタッフでないと出てこないもの。1カ月後には、感染対策に配慮しながらも、実験的にビュッフェを再開する試みを実現し、現場主導のアイデアにスピード感をもって応えることができたと思います。
トップダウンで数字を予測発表するというのはよくありますが、社員に納得感があって自分の役割がわからなければ、自分で考えて行動することはできません。そして、これを文化にするということがポイント。人数が増え、組織上の距離ができたとしても、文化は組織図には引っ張られません。
なぜなら、コミュニケーションや発想はそもそも文化的なものだと捉えています。「正しい議論の中では上司の意見を聞く必要はない、言いたいことは言いたいときに言えばよい」というフラットさが大切で、これも本に書いてある通りです。
「能力を上げる」以前に「能力を出していない」人が多い
――組織がどんどん大きくなっていっても、情報発信のツールなどを駆使することでフラットさを維持することはできますか?
組織の人員は、今で3,500人。2021年度には、新卒でさらに300人増えますので、フラットな組織文化をどう維持していくかが大事です。人が増えていくと、どうしてもフラットさに反する力が働きます。フラットさが崩れてしまわないためには、総支配人や管理職が、その重要性をしっかり理解していることが必要です。なので、月に1度は、各旅館や施設で議論をする場でもある情報共有会を開催しています。あとは、社内インフラのチャットやメールも活用しています。私にもずいぶんいろいろな意見がダイレクトに来ます。
――フラットさを保ちながら、人材を育成するにあたってはどのような工夫をされていますか?
会社として、無理やりスタッフ一人ひとりの能力を上げることは目指してはいません。興味のないことをやらされても成果につながりにくいですし、実は「能力を上げる」という以前に「持っている能力を出しきれていない」人が多いと感じます。
フラットな組織文化が目指すのは、個人が持っている能力を出せる環境をつくることでもあります。誤解されがちですが、それは個人にとって決して甘いものではありません。そもそも、自分の考えを持っていないと意見は言えませんし、意見を言うことで批判をされたり、折れたりしないといけない場面もあるでしょう。しかし、そうやって、自分で考えた議論で負けるといった経験が自然と成長につながってきます。
また、意見を出すだけではなく、その場その場の正しい判断と柔軟性も大事です。世間には柔軟性がない中間管理職というのがよくありますね。管理職には、自分が正しいことや議論の勝ち負けを求めているわけではなく、「何が今正しいのか」ということを見極められる判断能力を求めています。
――管理職の能力についてお話が出ましたが、時間に制約が生まれがちな女性にとってはチームで働くことが特に大事だと思います。チーム力と女性の働き方についてはどう思われますか?
チームで決めたことに個人個人のメンバーが納得できていないと、力も出せません。管理職の役割としては、それぞれが思ったことを言える雰囲気づくりと、管理職自身が柔軟に意見を変えていけることが大事です。
ちゃんとした議論を経ていると、チームで決めたことにメンバーが100%の力で取り組めます。女性比率についてあまり意識はしていませんが、こうした組織文化なので現場の管理職である総支配人に就いている女性もたくさんいます。
また、そうしたサポートしあえる風土が整っていることで、自分の挑戦したいタイミングで学習休職を利用して留学する女性もいます。休職中の給料は出ませんが学費サポートや保険などの会社負担があって復帰を約束しているのでこともあり、自分の能力を生かすのに、柔軟に働いている女性の例は多いですね。
フラットな組織が「文化」として根付いているからこそ、一人ひとりが生き生きと働ける環境が整っているのだと実感できた星野代表のお話。サポートし合えるからこそ、多様性が尊重され、個人が自信を持って自由なキャリアを選択でき、それがまたチームの力になる。そんないい循環が巡っていることが、「フラットな組織」の強みでもあると感じました。(パラナビ編集長・岡部)