最近たびたび目にする「○○キャンセル」という言葉。例えば「化粧キャンセル」や「風呂キャンセル」がよく使われています。また先日「自炊キャンセル」が炎上したのも記憶に新しいでしょう。こうした「○○キャンセル」の概念が、なぜこれほど流行り、受け入れられているのでしょうか。その理由を探りました。
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「○○キャンセル」ってどういう意味?
「○○キャンセル」は、風呂に入ったり自炊したりするという日常の行為を自ら省略=キャンセルすることを指します。その気楽さ、心地よさから、SNS上で広く共感され、ミーム(インターネット上の流行語)として広がっていったとされます。中には「#風呂キャン界隈」のように、ハッシュタグを介して特定の界隈を形成している例もあります。
「○○キャンセル」の具体例には、以下があります。
- 風呂キャンセル:風呂に入ったりシャワーを浴びたりしようと思っていたが、やめること
- 自炊キャンセル:自分で料理をつくるつもりでいたが、やめて、外食などに変えること
- 洗濯キャンセル:洗濯をするつもりだったが、翌日などに先延ばしすること
- 掃除キャンセル:掃除をするつもりだったが、翌日などに先延ばしすること
- 化粧キャンセル:化粧をするつもりだったが、やめて、すっぴんで過ごすこと
- 出社キャンセル:会社に行くつもりだったが、リモートワークに切り替えること
- 外出キャンセル:どこかに出かける予定だったが、やめて、自宅にこもること
- 人間キャンセル:心身に疲労がたまっていたり、何かに向き合う気力がわかなかったりして、すべての活動を放棄すること
「○○キャンセル」が示す価値観の変化3つ
「○○キャンセル」ですが、いずれも、日常生活の中で感じる面倒くささや惰性から使われているケースが多いようです。しかしその裏には、現代人のライフスタイルや価値観の変化があります。主なものを3つ紹介します。
日常に潜む「べき論」という呪いからの解放
昔は、日常生活において「毎日ゆっくり湯船に浸かるべき」「1日3食、手の込んだ料理をつくるべき」などの“あるべき論”が強く浸透していました。これらがある種の「縛り」「呪い」となり、生活する上での窮屈さや、うまくできないときの自己肯定感の低下につながっていたのです。
最近はこうした画一的な価値観から脱し、プレッシャーから逃れて快適に暮らそうという動きが出てきました。特に20〜30世代を中心に、個人が生活する中での心地よさや快適さ、精神的な余裕などを重視する価値観が広がっています。
さらに、そうしたライフスタイルや価値観をSNSで発信し、共感しあう動きが一般化しました。実際、「#〇〇キャンセル」で検索すると、「今日は疲れたから風呂キャンで」「自炊キャンセルして自分を甘やかそう」など、ポジティブに使われている例がたくさんあります。こうした共感がベースになり、「○○キャンセル」の概念が広まったと考えられます。
「ご自愛」時代ならではのライフスタイル
近年、セルフケアやメンタルヘルスが注目されるようになりました。忙しい毎日を送る中、自分に合ったセルフケアで“ご自愛”することで、積極的に自分をいたわり、心身の声を聞こうという発想です。SNSを介した他人との比較に疲れたり、先行きの不透明な社会でストレスが増大したりしていることが、その一因と考えられます。
無理をしないことは、サステナブルな生活の第一歩であり、個人が幸せに生きるために必要な要素です。この考えが広まった結果、無理せずに生きる手段の1つとして「○○キャンセル」が支持されるようになりました。
なお、個人レベルだけでなくビジネスシーンでも、効率的に休んで心身を癒すことの重要性が認識されてきました。企業がメンバーのメンタルケアを行う取り組みや、ウェルネス休暇の導入、相談窓口の設置、メンバーの休息時間を確保する勤務間インターバルなどが広がっています。
満足度の低い活動を「しない」ことでタイパを上げる
日々のルーティンワークにかける時間を減らして、趣味や仕事、推し活、睡眠などより価値のある活動に充てたい。そんな思いが「○○キャンセル」の背景になっています。限られた時間の中で、より高い満足度を得られる活動をしたいという「タイパ(タイムパフォーマンス)」意識の高まりも、「〇〇キャンセル」を後押ししています。
また、テクノロジーが進化したことや共働き世帯、単身世帯が増えたことなどから、ルーティンワークを手軽に「キャンセル」できる環境が整ってきました。例えば家事代行サービスや食品のデリバリーサービス、ロボット掃除機、日用品の宅配サービスなど、サービスやガジェットが普及しています。こうした社会環境も、「○○キャンセル」が浸透した原因と考えられます。
「○○キャンセル」への賛否両論
「○○キャンセル」の良い点は、一人ひとりの状況や価値観、ライフスタイルに応じて柔軟な生き方ができることです。多様なニーズや価値観を反映した現象だからこそ、多くの人に受け入れられているのでしょう。とくに、「べき論」から解放されることでストレスが減る人も多いと考えられます。何かを「キャンセル」するのは、現代社会を賢く生き抜くための“生存戦略”ともいえるかもしれません。
こうして広くポジティブに受け止められている「○○キャンセル」ですが、賛否両論があります。デメリットとしては、日常的にキャンセルを繰り返すことで、本来得られるはずだった恩恵を得られなくなってしまう可能性があります。
例えば、「風呂キャンセル」するとリラックスできなくなったり、衛生状態が悪化したりする可能性があります。「自炊キャンセル」すると栄養バランスが悪くなり、食費が余計にかかったりするかもしれません。また、他人に迷惑をかけるレベルで「キャンセル」を繰り返してしまうと、周りからの信頼を失うリスクがあります。
いずれにしても、大事なことは、「○○キャンセル」は単なる手抜きではないということです。心地よさ、快適さを優先する価値観によって生まれた、新しいライススタイルの選択肢といえます。何かを「キャンセル」することで何を得られるか、何を得たいか。それを考えて選び取っていくことが大事です。